04. 泉の魔物

 村の北側に広がる森、その奥に泉があるそうだ。

 キーカは未だに村長に対してぶつぶつ文句を言っているようだったが、フリードはその姿に苦笑しかできない。

「僕が迷い込んだ森の、更に奥なんですよね」

「うん、そうなんですよお客さん」

 何度も踏み固められて自然にできた土の道を通り、フリードは笑う。遭難しかけた所の近くにある泉なら、きっと想像以上の素材があるだろう。

 ところで、とフリードはキーカへの疑問をぶつける。

「キーカさんが道案内を頼まれたのって、理由があるんですか?」

 どうも今回が初めてではなさそうだった村長とのやり取りを思い出しながら問いかければ、キーカの足はぴたり、と止まった。

 そのままだんまりを続けるキーカに、そんなに言いづらい理由なのかと更なる疑問がわく。けれど、あまり人の事情に口を出す理由もない。

「言いたくなければいいですよ。こんなの、雑談の部類ですし」

 生い茂った葉を避けながらキーカに声をかけて、土の道を進む。人気のない方へ進んでいくので、段々と獣道とも呼べないような箇所が増えていく。

「お客さんを見つけた理由も一緒なんですけど」

 ぽつり、とキーカが言葉を落とす。のろのろと動いていた足がまた止まりかけた。

「お母さんの、お墓が近いんですよね」

「母親の?」

 食堂には恰幅の良い店主がいて、彼女は彼をお父さんと呼んでいなかったか。では母親はいなくて、彼女と店主の二人であの店を切り盛りしていたのか、と納得する。

「お母さん、泉の魔物にやられちゃってさ。だから、近くにお墓があるの」

 毎日お墓参りに行っているんです、と言われれば、それは確かに泉の場所をよく知る理由になると納得。

「何か村にあったら、お墓参りの他にもお母さんに報告に行くんです。村長はそれを知ってるから、多分ついでに案内も、ぐらいのつもりですよ」

 確かに今日は報告することもたくさんありますしね、とあははと笑って言うキーカの笑みはどこか痛々しく見えた。

 都会ではありふれた悲しい事情も、この村では大きな事件なのだろう。片親をなくしたキーカが笑顔で店を手伝えるようになるまで、どれだけかかったのだろうか。

 そう思えば、フリードは自分の中の罪悪感に蓋をして殊更明るく振る舞うことぐらい簡単だ。

「それなら、帰り道は送るよ。今からだと暗くなるし」

 女の子の夜道歩きは危ないと伝えれば、キーカは小さく笑った。

「村までで大丈夫ですよ、お客さん」

 村の皆は顔見知りだから危険はないと言われ、余所者が一人で夜道にいる方が問題だと言われる。そういえばそんなことを先程も言われたと思い出し、笑ってしまう。

 二人で顔を見合わせて笑いあっていると、がさり、と近くの茂みが動いた。

「え?」

 茂みの音と共に、黒い塊がフリードへ飛びかかってきた。

 野生の獣は基本的に臆病だ。人間が弱く、脆く、それでいて賢しいことを知っている。だから、罠を警戒して人間がいる場所へは好んでやってこない。

 だから、泉も安全だと思っていた。けれども、その塊は一直線にフリードの首を狙うのがわかった。

「っ」

 今ここにはフリードだけでなく、キーカもいる。ましてや足場は獣道とも呼べないような荒れた地面。フリードは咄嗟に左腕を首へ持っていき、その黒い塊からの攻撃を防いだ。

「ぐうっ」

「え、お、お客さん?」

 まだ状況への理解が追い付いていないキーカに、左腕の傷を見せないように隠す。同時に、その黒い塊はフリードの腕から牙を離し、距離を取った。

「キーカさん、この森って実は魔獣がまだ住み着いていますか?」

「え、見たことないで、す」

 ということは群れからはぐれた個体か。そうあたりをつけ、フリードは腰から薬瓶を一つ取り出した。もちろん、視線はその黒い塊から外さない。

「キラーウルフがいます。あいつは群れなら怖いけど、一匹ぐらいなら僕でもどうにかできます。キーカさん、ちょっとそこで待ってて」

 フリードの言葉に、キーカは息をのんだ。


 キラーウルフ。集団で生息する魔獣の一種で、一匹ずつの力はそれほど強くない。けれども、少なくとも五体以上の群れで暮らす彼らは非常に好戦的。冒険者と言えども、一人で群れに立ち向かえば統率の取れたその魔獣に命を獲られることもある。

 そんな、昔図鑑で読んだ習性を思い出した。こいつが群れからはぐれた一個体なら、恐らく問題はない。けれど、これがはぐれでなければ、きっと村も危ないだろう。

 フリードは左腕に薬を振りかける。辺りの気配を探るが、こちらを伺う気配は感じない。はぐれだ。

 フリードは右の手をぐっと握りしめた。

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