03. 病
「お前さんの言い分はわかった。十分にわかるさ」
フリードの言葉の利点を考えたのだろう。村長は苦い顔のままそう答えた。
「だが、お前さんの腕がわからなけりゃ簡単に飛びつく訳にゃいかない。薬師には、村全員の命がかかるんだから」
話が見えないキーカはきょとんとしていたが、その言葉にえっと声を上げた。
真面目な話をしている部屋の中、その声が妙に響く。
「ん、キーカ。そうか、お前もいたな」
「キーカさん、説明するね」
恥ずかしそうにうつむくキーカに、何となく緊張した空気が和らぐ。フリードはそんなキーカの様子にくすり、と小さく笑みを零した。
「村長さんの息子さん、ルッツ君だっけ。彼は、呼吸の病気を持っているんだよ。息をするのが苦しくて、痛い。そうだよね?」
ケホケホと咳込みながらもまだその場にいたルッツに確認を取ると、ルッツは小さく頷いた。その様子を見て、村長の判断はきっと正確だったのだとフリードは思う。
「息をするのが痛いって、息をしないと生きられないじゃない」
「うん、だから彼は痛みをずっと我慢している。元々我慢強い人なんだと思うよ」
そうでしょう、と村長を見ると、彼は重々しく頷いた。
「ああ、そうだ。だから悪化するまで、親のくせにわからなかった」
「っ、父さ、せいじゃ」
「うん、村長のせいじゃない。原因は都会の空気の悪さだよ」
田舎にあって都会にないもの。この清々しい空気は都会にはなく、濁った空気は時に人に牙を剝くのだと。そう言えば、キーカはそんな、と小さく呟いた。
「キーカさんはきっと、この田舎には何もないと思うんだろうけど。薬師にとってはこの自然こそ宝だよ。薬草だって自生しているし、動物や魔物の素材だって豊富だ。その分人が少ないから、商売には向かなくても、僕みたいな生活できればいいぐらいの人間ならこんな所が最高なんだ」
「でも、この空気だけじゃルッツは治らなかった」
村長の言葉に、フリードは頷いた。
「診察しないとはっきりとは言えないけれど、多分進行しているからだと思います。この病気は、初期なら空気がきれいな所で療養すればすぐ治る。けれど、悪化したら特効薬がないと治らない。それ以外の薬を使えば、更に悪化する」
きっと村長には病気初期の対処法の知識があった。だから、ルッツの病気が分かってすぐにこの村へ戻ってきた。けれど、初期の治療では治らない程度にルッツの病気は悪化していたのだと。それだけだから、気に病むことはないと。
「綺麗な泉には、薬草が多く自生する。それに動物も集まるから、治療薬も作れる」
そこまでキーカに言い、フリードは村長へ顔を向けた。移住のための試験としては、これ以上ない題材じゃないか。
「村長、僕の腕を見たいのなら、ルッツ君の薬を作ります。それを見て、判断してください」
その言葉と視線に力をこめれば、村長は目をつぶって考えた。
時折聞こえるルッツの咳と、それを気遣うキーカの姿を視界の端にとらえる。ここで村長が許可しなくても、きっとキーカなら協力してくれそうだと打算を働かせて。
「ルッツ。お前、治したいか」
親としては、初対面の子どものような薬師に任せたくはないだろう。けれども、ルッツの咳を考えれば、馬車で一日半もかかる隣の村まで行くのも得策ではない。
このまま、ずっとこの村で過ごせば、病気こそ完治しないが悪化もせず生涯を終えることができるだろう。
けれども。一縷でも望みがあれば、駆け回る子供の姿を見たいと思うのもまた親心なのだろう。村長はルッツ本人に問いかけた。
「うん、治し、たい!」
ルッツの言葉に、村長はそうか、と一言だけ返してフリードを見た。
「俺はまだお前さんのことを何も知らない。腕がいいのか悪いのかも知りゃしない。けど、まあその目は信用できそうだ」
これは冒険者としての勘だ、と笑う村長に、フリードはにっと口の端を上げた。
「期待以上の働きをお見せしましょう、依頼主殿」
薬の代金は、この村への移住権だ。そう伝えれば、村長は豪快に笑った。
「村長、長老達からまた言われませんか?」
「なあに、ご老体は隠居生活と洒落こんでもらうさ。子どもを守るのが大人の仕事だ。キーカ、泉まで案内を頼むぞ」
キーカの言葉にも村長は愉快そうに笑うだけ。ついでに道案内を頼まれて、キーカはえー、と嫌そうな顔を隠そうともしない。
「村の中を余所者が一人でウロウロしてたら余計な厄介がくるだろ。お前だから任せた」
「そう言ってまた面倒事を押し付ける」
「俺は他にやることがあるんだよ」
キーカと村長のやり取りを見ながら、フリードはこれからの段取りを考えた。調合道具もある、足りない薬草はきっとその泉で手に入る。ならば、この仕事は達成だ。
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