02. 村長と息子
「んで、お客人。名前は?」
「ああ失礼しました。フリードと申します」
応接間扱いなのだろう。粗末な木のテーブルと二人掛けのソファが二組。入り口側に座るように促されて、フリードとキーカはソファに座った。キーカは居心地が悪そうだったが、それもそうだろう。ほぼ初対面の異性と隣り合わせに座るだけでも、意識する年頃だ。まして、なんでキーカも一緒にこの部屋に通されたのか、フリードもわからない。
まあ、帰り道の案内のためなんだろうけれども。
「フリードね。見たところキーカやうちの坊主と同じぐらいの年齢みたいだが、その歳で旅人か? まさか冒険者じゃあるまいな」
「まさか。僕はただのしがない旅の薬師ですよ」
村長の鋭い目つきは王都でも散々見たことがある。荒事に慣れている、冒険者の目だ。冒険者は薬師の薬を欲しがるし、薬師としては入手困難な材料を手に入れてくれることもあるから、付き合いやすい職業の人たちだ。
「王都で修行をしていたんですけどね。独り立ちしろ、と追い出されまして。とは言っても、師匠や兄弟子たちが王都や主要都市で開業してますから、そこを食い合いたくもない。僕は慎ましく生活したいだけですから」
とはいっても、路銀も心もとない。最悪は流れの薬師として旅を続けなきゃいけないんだけど。
村長はフリードの話を聞いて、その目元を僅かに緩ませた。
「なるほど、な。確かにこの前もそんな細工師が来た所だ。都市じゃ地価が高いから自分の城が持てません、ってな」
「へえ、細工師が」
細工師も薬師も、職人だ。師匠がいて、その縄張りを荒らすことはあまり好ましくない。もちろん、向上心や野心があればその限りではないし、細工師はその職業柄プライドが高い人が多い。
「細工師?」
「ん、ああキーカは知らなかったか。一か月ぐらい前かな、なよなよした兄ちゃんが来ただろ。あいつだよ」
あああの、と人物に思い当たった様子。けれど、キーカの眉間の皺は消えない。
「細工師って、どんな職業なの?」
「そっからか」
田舎を舐めていた訳じゃないけど、そうか。
「細工師ってのは、魔力を使って魔法細工を作る職人のことだ。魔法細工は知ってるか?」
「なんとなく、だけど」
村長はさすがに知っている。王都に以前いたのだから、もしかしたらいくつか魔法細工も持っているのかもしれない。
「キーカの家にありそうな魔法細工ってーと、火起こしとかか。魔法の力が込められた道具だな。あれは、特殊な薬品と細工師が掘る魔法細工で魔法の力を持った『道具』だ。魔法細工がなけりゃそれはただのガラクタだな」
「あれ、でも細工師がいるんですか? この村には薬師がいないって聞いていますよ」
細工師が仕事をするには、専用の薬品が必要になる。調合は薬師にしかできないけれど、そんなに日持ちする訳でもないから、やってきたという細工師が仕事をするには、薬師がいることが前提となるはず。
「二年前まではいたんだよ。今は隣の村、っつっても片道馬車で一日半か。そこに薬師がいるからな」
村長はそういうと肩をすくめた。あまり近いとは言えない。薬品の使用期限を考えると、その細工師は頻繁に二つの村を行き来しているようだ。まあ、人の事情には首を突っ込むまい。
それにしても、とフリードは思う。この村長がこの村に戻った理由とはなんだろうか。一度都会に行ったら、よほどの理由がない限りは戻ってくるような利点はないように思える。
「お父さん、お客さん……?」
「ああ、ルッツ。起きていて大丈夫か」
応接室の入口から、小さな声が聞こえた。村長と共にそちらを見れば、金髪の人物が立っていた。
質素な服装は寝間着のようにも見える。村長の言葉からも、きっとそうなのだろう、とフリードはあたりをつける。
「っ、キーカと、同じぐらいのお客様って聞いたから、ご挨拶に、っ」
何かを堪えるように言葉を詰まらせながら言う少年。その咳に違和感をおぼえる。
「体調良くないなら無理しないで下さい。また元気なときに」
まだしばらくこの村にはいるつもりですから、とフリードは続けるが、少年は首を横に振った。
「これっ、でも、体調はいいんです。聞き苦し、て、ごめんなさっ」
その言葉に、フリードはなるほど、と呟く。
薬師のいないこの村は、この少年にはきっと酷な環境だ。
「村長、この村って、近くに綺麗な泉とかありませんか?」
きっと村長がこの村に来た理由はそれだ、と、半ば確信を持ちながらフリードは尋ねた。
フリードの問いかけに瞬時村長は怪訝な顔をする。が、薬師だと名乗られたことを思い出し、納得したように頷いた。
「ああ、確かに村の近くに泉がある。薬師の爺さんもよく通ってたな」
それを目当てにこっちに来たんだが、余り変わらないようだ、と村長は首を振る。
「大方、戻ってきたのを幸いにと、村長にされたんでしょう。ねえ村長、僕を受け入れるのも、そんなに悪い話じゃないんじゃありませんか?」
薬師が必要でしょう、と問いかけるフリードに、村長は苦い顔をした。
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