第20話 エピローグ
20
あれから三週間が経過した。
神稜地区局部地震、と呼ばれることとなったあの“人災”のあと、日本は総出で「がんばろう神稜」だとかいうクソくだらないスローガンを掲げ、復興を始めようとしている。
死者三百名強。
負傷者は八千六百名を越えた。
神稜大学附属神稜高校構内での死者数は全体の半分近くにものぼり、非常に突出している、と言えた。
テレビでも話題になった話だが、大学側では地震発生よりも前に出された避難指示が、高校側では一切出されなかったことが原因のひとつとして上げられていた。
確かに、あのときは校内放送など流れなかった気がする。
だが、ただの地震だけなら建物も無事に済んだだろうが、銀の“炎の剣”のせいで建物はあっという間に崩壊してしまったのだ。そんな中、校内放送なんて流していられる精神力を持ってるやつなんかいるわけない。
むしろ避難指示を出すことができた大学の方が異常だったんじゃないだろうか、なんて思ったし、その避難指示が“地震発生前”にあったのも変だと思うのだが、そこまで言及するコメンテーターなどいなかった。
あの地震を引き起こした大学の方での天使の力と、高校の校舎をめちゃくちゃにした銀の“炎の剣”については、なんの報道もなされなかった。
連日続いた報道でも、単なる地震と、近代的な意匠の建物に、著しい強度不足があったせいで起きた悲劇だとしか報じられなかった。これで校舎の設計者が処罰されたとしたら……それはもう、とばっちりとしか言いようがない。
一部、オカルト系の番組で誰かが撮影した当時の映像を検証していたこともあったが、それが事実として受け入れられることはなかった。あとはせいぜいネットの書きこみくらいのものだ。そんなの誰も真に受けたりしない。
……それもそうか。
天使なんていう、あんな力……普通の人が理解できるわけがない。
こじつけがましい理屈で結論づけたのも、仕方ないのだろうか。
僕はあれから、入れ替り立ち替り、記者だと言い張る人たちの取材を受けた。
初めのうちは誠実に答えていたつもりだった。けれど、だんだんとうんざりしてきて堪えられなくなってきた。
メディアは当事者のことなどお構いなしに、劇的な悲劇を探して地震の犠牲者だと祭り上げることが重要だったのだ。
僕がどう思ってるのかは関係ない。
どれだけ傷ついていようと、どれだけ苦しんでいようとどうでもいい。ただ「可哀想」という共感を得られるセンセーショナルな話題を世間に提供したいだけ。
幼なじみの女の子を亡くした男子高校生。それは彼らにとって、すごく都合のいい素材だったんだろう。
『最愛の彼女を喪った男子高校生の悲痛な叫び』
僕の記事のタイトルがそれだった。
そのメロドラマ仕立てにさせられ、取材では口にしたことのないことばかりで飾りつけられた、吐き気をもよおす記事を見て以降はもう、あらゆる取材に口を閉ざした。
記者にとって重要だったのは僕が悲劇の主人公であることで、僕自身がどんなことを考えているのかなんてどうでもよかった。
ただ、この地震によってこんな悲しみを味わった人がいるんです。残酷でしょう、可哀想でしょう、と哀れみを誘って閲覧数を増やしたいだけ。
その記事の読者だって、他人の悲劇を見て可哀想だと言いながら、内心では自分でなくてよかったと安堵するために、体よく作られた境遇を消費しているだけ。
地震後のチャリティーイベントも、吐き気がこみ上げるだけの代物だった。
僕、葉巻和彦の他に友人で無事だったのは三峯燐と室生康介、あとは三峯珪介くらいだった。
天原つかさと轟銀は死んだ。
康介の恋人でもある谷口静佳先輩は、下半身不随で最低でも五年は車椅子を余儀なくされてるという。なんでも、上から降ってきた瓦礫から康介を助けるために身代わりになったのだという。
福住朔也に至ってはなにがあったのか……行方不明である。
武ちゃん先生――武下先生も死んだ。
クラスメイトをかばって、身代わりにコンクリートの下敷きになったそうだ。
死がこんなに身近にあるものだなんて、思っていなかった。
僕らの誰もが憔悴し、悲嘆に暮れた。
そんな僕らに、世間は「がんばろう神稜」などというスローガンを掲げて「さっさと立ち直れよ」という善意を押しつけてきた。
友人が死に、先生や先輩が死に、生き残った人たちも怪我を負い……まだそんな事実を受け入れられない僕たちに向けて。
クソ食らえ。
報道関係者も、報道を享受するうざったい善意の一般人も、まとめてクソ食らえ。
不幸な不幸な僕らは、善意の一般人が「ああ、自分はあんな風にならなくて良かった」と思うための安心材料に過ぎなかった。
そういう需要と供給が成り立っている事実にさえ絶望した。
……お前らに、僕たちのなにが分かる。
苦しみも、悲しみも、喪失感も……なにも知らないし、知るつもりもないくせに。
そんなやり場のない怒りも、この状況でのストレスのはけ口でしかないのかもしれない。
この怒りが本当に正しいのかさえ、僕には分からなかった。
家から――自宅も全壊したから、仮設住宅だが――わざわざ高校の校門前まで一時間かけて歩いて来て、校舎を見上げる。
敷地内は立入り禁止だ。
とはいえ無視して入ることもできるが、そこまでして……あのつらい場所まで行こうとは思わなかった。
「和彦さん……」
隣には三峯燐がいる。あれから、僕のことを心配してくれているのか、ずっとそばについて離れようとしなかった。
だけど、なにか……彼女からは、それまでのような強引さは消え失せていた。
ただ静かに隣にいて、寄り添ってくれている。
つかさを失った上、それをメディアにもてあそばれた僕に気を使ってくれているんだろう。
でなければ――彼女が前までのように強引なままだったなら――僕は彼女を拒絶していたかもしれない。
「……ごめんなさい」
消え入りそうな悲痛な声で、三峯さん――燐はそう謝ってきた。
「ごめんなさい。……私のせいで」
「……?」
なにに謝っているのか分からなかった。
だけど……燐はあのとき、つかさと一緒に屋上から落ちていった。銀の“炎の剣”を前になにかできたとは思えないが……僕に対して負い目を感じていたとしても、おかしくはない。
「いいんだ。……燐」
「……!」
僕が初めて彼女を名前で呼んだことに、燐は目を丸くしてキョトンとして――一瞬だけ、嬉しそうに顔をほころばせた。
「……。でも、私が犠牲になるべきだったんです。そうしたらつかささんはまだ生きていて、和彦さんも……あんなことせずに済むんです」
すぐに笑みを消して、燐は言う。
「……」
あんなこと……僕が銀を殺したことを言っているのだろうか。けれど、僕は燐にそのことを言っていないから知らないはずだ。それに、この言い方はどこか……ニュアンスが違うような気がする。
かぶりを振る。
そんなことを気にしても仕方がない。
つかさに起きたできごとは変えられないし、僕がやったことも変えられない。
過去とは、そういうものなのだから。
「気に病まなくていい。燐だけでも……生きていて良かったんだ」
「……。……はい」
少しうつむく燐。
その背後に、別の姿をとらえた。
「葉巻和彦君。君も……毎日ここに来ているね」
「……」
その車椅子の青年に返す言葉もなく、僕は小さく会釈をする。
五条沃太郎。
三峯燐の知り合いであり、天使なんていう超能力を持つ人物を監視だか管理だかしている非公式の国家機関に所属しているらしい。燐も、その兄である三峯珪介も、五条の車椅子を押している彼の姉も、それに所属しているって話だ。
南校舎の廊下が崩落し――銀によって切断され――それに巻き込まれた直後、燐と会話を交わしていた人物だ。
あのときは五体満足だったが、僕が屋上で銀と相対していたときに大学の方であった……地震や巨大な紅の魔法陣なんかの事態に巻き込まれ、そこで負った怪我のせいで車椅子を余儀なくされているそうだ。
彼には会釈以上のことをする気になれず、僕はそのまま視線を校舎に戻す。
彼の仕事が天使の監視だとして……それがちゃんとできていたのなら、あんな風に銀が好き勝手暴れまわることなんてなかったはずじゃないか?
高校が破壊の限りを尽くされ、全体の半分にも及ぶ百五十人近い死者が出ることもなかったんじゃないか?
……そんな疑念がぬぐえなかった。
そのせいで、五条という青年に対していい印象を抱けなかった。
燐は彼を信用しているのかもしれないが、僕は信用できそうにない。
……つかさ。
僕は……どうしたらいいんだろう。
いまになって。
つかさを失ったいまになって僕は気づいたんだ。
一緒にいて気が楽だったのも、気兼ねすることがなかったのも、うざったいなんて思いながらもなんだかんだ言って心地よかったのも……そばにいたのがつかさだったからだ。
誰よりも僕に近いところにいたのは、つかさだった。
――どうせお前もわかる。この世界がどれだけくだらないのかってことに。守る価値も、そこに僕たちが存在する価値すら……無いんだ――。
銀の言葉か脳裏を巡る。
つかさがいないってだけで、もうその言葉を思い知らされている自分がいたからだ。
「……和彦さん。やり直せたら、って思いますか?」
「そりゃ……ね」
「そう、ですよね」
燐が僕の袖をつかむ。しっかりとじゃなくて、たよりなく、弱々しく。
「燐……どうかしたの?」
隣を見ると、なにかにおびえたように震える燐の視線とぶつかった。
「……」
「……?」
「わ……私の天使の力を……和彦さんに説明しないといけません」
意を決して、という緊迫した雰囲気の声音だった。
「あ……う、うん」
天使の力。
やっぱり、か。
……地震のときの話しぶりから考えると、彼女も天使だったと考えるのが自然だ。だが、彼女にはあのときにその力を行使できない理由があったということなのだろうか。
なにか……思いもよらない告白になる、と察して、僕はちゃんと燐に向きなおる。
「私――」
三峯燐の言葉に僕は耳を疑い……そして僕は、疑惑を抱いたまま、それでもこの事件の“やり直し”を望むこととなるのだった。
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