第17話 崩落
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え?
なんだって?
昨日、つかさを殺そうとした?
あの、轟銀が?
ウソだ。そんなことあるわけない。
あり得ない、のに。
……なのに、銀は一向に否定しようとしない。
「なに、言ってるんだよ。殺そうとした、とか――」
「あの力なら、第二項の力なら……南校舎のバルコニーを破壊できます」
「……でも」
「“三峯燐に近づくな”」
銀が低くつぶやく。
僕ら三人しか知らないはずの言葉を、その言葉を知らないはずの、銀が。
「……!」
「ひっ」
「僕は……そう、忠告したよね。和彦?」
空気、いや……大気、空間に銀の意志が満ちていくのを感じる。
銀の意志が、空間の深さをコントロールしているのがわかる。銀が、空間に干渉しているのが。
「なんで……」
「……?」
「なんで、僕じゃないって否定しないんだよ、銀」
声が震えた。
恐ろしかった。
自分が変な蒼い空間を見ているとかどうとかよりも、銀のことが恐ろしかった。
「……そうだね。確かに、殺そうとしたわけじゃなかったよ。和彦が忠告を聞きもしないから、ちょっと驚かせようとしただけさ。まさか真下に天原さんと燐がいるなんて思ってもいなくて――」
「――そうじゃねえだろ!」
僕の叫びにも、銀は肩をすくめるだけだった。
「ウソだって言えよ……」
「……らちが明かないなぁ。和彦、そんなんじゃ張り合いがないよ」
手のひらの上で、ゆらゆらと空間をふらつかせてもてあそびながら、銀は僕から視線を外す。
「昔、一緒に施設を逃げ出そうとしたこと……覚えてるかな」
「……?」
銀の視線は――僕やつかさではなく、三峯さんに向けられている。
「……」
けれど、三峯さんは答えようとはしなかった。つかさを背後にやって、微動だにしない。その視線は――鋭い。
三峯さんは、つかさを守ることに集中しているらしい。
今朝からそうだけれど、なぜ三峯さんがつかさを守ろうとしているのかわからない。
この事態を想定していたのか?
「僕よりも、和彦のほうがいいって言うのか」
「……」
三峯さんの態度に、イライラしたように語気を強める銀。しかしそれでも、三峯さんは返事をしない。
「君のために、あの施設をめちゃくちゃに壊してやったのに」
「……っ」
ひゅっ、と三峯さんが息を呑む音が聞こえた。
初めて動揺した姿を――三峯さんのなにかしらの反応を――見て、銀が笑う。
「そうだ。僕がやったんだ。君のために。君が……こうやって外の世界に出られるように――」
「――それで」
「……?」
「それで、何十人も死んだわ。……私と、仲の良かった子も、みんな」
三峯さんの悲痛な声。けれど、銀が意に介した様子はなかった。
「でも、ああでもしなきゃ僕らは一生モルモットだった。そうだろ? こうやって学校に通うのだって無理だったし、そもそもこの年齢まで生きていられなかったに決まってる」
「それは……」
「そうでしょ?」
「……」
僕には二人のやり取りは意味不明だった。けれど少なくとも、三峯さんが銀の言っている“一生モルモットだった”や“この年齢まで生きていられなかった”という言葉が真実だと思っているってことは、僕にもわかった。
「僕が。……僕が燐を救ったんだ。そう、僕だ。和彦なんかじゃない。あれからずっと、燐のことだけを考えて生きてきた。和彦なんかよりも、僕の方が!」
一歩踏み出す銀に合わせて、三峯さんは一歩下がる。
「……やめてください」
「は?」
「あなたが……あなたが本当にあのときの男の子だったとして……いえ、それなら尚更、私は、あなたを受け入れられません」
言っている意味が分からない、という感じで、銀はポカンとした顔をした。
「……なに言ってるの?」
「……」
「燐は、僕と一緒にいるべきなんだよ」
「轟君。さっきからちょっと……変だよ」
「つかささん」
三峯さんの背に隠れたまま、つかさがつぶやく。
「燐さんの気持ちをなんにも考えないでそんなこと言うの、間違ってる」
「うるさい!」
「そんなこと言うの轟君らしくない。轟君はもっと優し――」
「うるさいって言ってるだろ! 僕と燐のことなんかなにも知らないくせに!」
銀が叫び、再び彼の右手に小さな魔法陣が灯る。
「マズ……」
銀の右手から放たれる光の束。それはさっき三峯さんが告げたように、剣、と称するにふさわしかった。
その剣を屋上の床に突き立てると、銀は無造作に振り上げる。
銀の足元から僕らの左側へと、赤熱したラインが延び、防水層が沸騰し、コンクリートがすさまじい熱で切断されていく。
その威力はどれ程遠くへ行っても衰えることはなかった。
北校舎を切断した銀の放つ指向性レーザー“炎の剣”は、向こうに見える南校舎もぶったぎった。さらにその先、グラウンドを文字通り光速で横切り、大学の建物すら――すでにほとんどが残骸になりつつあるようだが――斬り上げた。
轟音をたてる南校舎を見て、銀が薄く笑う。
「天原さん。君も……あんな風になりたいの?」
「と、轟君……」
聞こえるのは建物が崩落する轟音だけではない。
悲鳴、絶叫、怒号。
階下でなにが起きたか想像もしたくない声たちだ。なのに銀は、それをなんでもないことのように言う。
銀自身が、それを引き起こしたというのに。
「……」
「……」
「……なんだよ、その目は」
僕ら三人の視線に、銀が目をつり上げる。だけど、そんなこと言われても呆然と見ていることしかできない。
「なんだよ。なんだよその目はぁっ!」
再度魔法陣が瞬き、横に一閃。今度は僕らの床を切り払った。
僕は泡を食って、屋上が崩落する前に無事な前方に飛ぶ。
「くそっ――」
床に転がり、そこでハッとする。
「――つかさ! 三峯さん!」
顔を上げるが、視線の先に見えるのは、急展開ばかりでどうしたらいいかわかっていない二人だった。
「カズ――」
「和彦さ――」
二人の言葉は、崩落するコンクリートにかき消される。
彼女たちは悲鳴をあげることすらできないまま、階下へと落下する。
「くっ――」
とっさに手を伸ばす。が、彼我の距離は五、六メートルくらいは離れている。届くわけなかった。
「――そおおおおぉぉぉぉっ!」
伸ばした手の先で、視線の先で、空間の深さが落ち込む。
自分の意志が、四次元目の空間へと干渉を可能にさせたのだと、本能的に理解した。
空間に満ちる力をコントロールできる手応えがあった。
物体は下に落下する。
その、落下をコントロールできる感覚。
これで、二人を――。
「きゃあああああ!」
「うわわわ……」
――しかし、僕の力なんかでなにか変わるはずもなく、つかさと三峯さんの二人はなすすべなく落ちていく。
すさまじい轟音とともに、屋上の残骸が三階に落下。
二人の姿は、瓦礫の山と舞い上がる粉塵にすぐ見えなくなってしまう。
「くくく。はは、あはははは……」
背後で響く銀の笑い声に、僕は身体が凍りついてしまったかのように指先ひとつ動かすことができなかった。
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