第11話 下校


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「え、そんなことがあったんですか?」

「そうそう。あたしもビックリしたんだけど、カズの方がすごくて」

「ふふ。なんだか可愛らしいですね」

「そーかな。カズったらびーびー泣き出してあたしにしがみついてきて――」

「いつの話をしてる。いつの」

 保健室に入ってみると、つかさと三峯さんがなぜか僕の話で盛り上がっていた。

 話から察するに、小学五年の頃にお化け屋敷に行ったときのことだ。正直に言ってトラウマだ。あれ以来、ホラーものは全般的に苦手なままだ。克服しようとも思わない。

「あ、カズ」

「和彦さん!」

「そのバッグ……帰るの? 授業は?」

 僕の格好――なんといっても、つかさと三峯さんの二人の分もあるから、学生鞄を三つも持っていたのだ。気になって当然だった――を見て、キョトンとしてつかさが訊ねてくる。

「あの事故で休校。調査があるとかで先生たちも追い出されるんだってさ。だからここで休むのもダメらしくて、つかさと三峯さんも帰んなきゃいけないんだって」

「へぇ。そりゃそっか」

「そう……ですか」

「つかさちゃんに……燐ちゃんよね。やっほー」

 僕の後ろから、康介の腕に抱きついたままの谷口先輩が顔を出す。

「あ、静佳先輩」

「なんかすごかったみたいだけど……怪我なくて良かったわね」

「その……ありがとうございます」

「先輩、ありがとうございますー」

「どうせだから一緒に帰らない? 二人は寄り道できる?」

 さすが谷口先輩、単刀直入だった。

 康介と谷口先輩のさらに背後には誰もいない。銀と朔也は結局、見せつけられるのはイヤだと言って先に帰ったのだ。

「しんどいならまっすぐ帰らせるって言ってるから、断っていいぞ」

 僕の言葉に、谷口先輩もうんうんとうなずく。

「あたしも無理にとは言わないわよ。ダメなら康介と二人で行くし」

「皆がいるってことは俺の羞恥プレイになるだけだから、二人の方がまだマシな気がするんだけど……」

「二人っきりがいいの? 康介ったらやらしーわねー」

「違うから。そーじゃないから。そーゆー意味じゃ静佳さんには永久に勝てないから」

「またまたそーんなこと言ってー。康介は二人っきりになったらふごいようえうてきにあうえおあおあ」

「それ以上! ねつ造! しないで!」

 康介が谷口先輩の口をふさいで、谷口先輩はそれから逃れようともがいて……ハタから見てる分には、いつものようにイチャイチャしているだけだった。

「あはは。あたしは大丈夫ですけど……」

「私も大丈夫です。ご一緒していいなら、是非」

「やった! なら和彦君も来るのよね?」

「あー。まぁ、そうですね」

 元気なんて残ってないので勘弁してください、なんて言える雰囲気じゃなかった。

「よーし。じゃあつかさちゃんと燐ちゃんは早く準備してちょうだい。駅前に先週オープンしたケーキ屋さんが気になって気になってもー仕方ないのよ」

「それ、駅の向かいの……シャトー・デ・ブランってとこですよね? あたしも気になってたんです!」

「あら、つかさちゃんとは相変わらず気が合うわねー」

「ですねー」

 つかさと谷口先輩が笑い合う。

「なら善は急げね。あたしはザッハトルテが食べたい」

「あたしはミルクレープです!」

「おっ。いいわねぇ。じゃー燐ちゃんは?」

 つかさと谷口先輩の視線に、三峯さんは少し考えて――。

「ショートケーキを……ホールで」

 自信満々に、きっぱりと言い切った。この場にいた全員が、一瞬目を丸くしたのを見て、三峯さんは苦笑して見せる。

「なんだかすごく疲れちゃって。ホールでもペロッと食べられちゃいそうだなって」

「確かに……わからなくはないかも」

「燐ちゃん、なかなかの甘党ね」

 二人は感心しているというか、納得しているみたいだけど、ちょっと僕には理解できない。

 とはいえ僕ら三人は、事故に巻き込まれて精神的な疲労もかなりきている。そういうので気分転換をしたいっていうのは分からなくもない。……僕はいくら疲れていても、ホールケーキなんて食べられないけれど。というか二人ともよく食欲がわくよな。僕は疲れているからこそ食欲がわかないのに。

「じゃー行くわよ!」

「りょーかいしました!」

 谷口先輩のかけ声に、つかさが手を上げて勢いよく立ち上がる。

「ほら、り……燐さんも」

 つかさのぎこちなさに、三峯さんを名前で呼んだのは初めてなんだろう、と分かった。

 そんなつかさに、三峯さんもどこかぎこちなくほほえむ。

「……はい。つかささん」

 なぜか分からないが、つかさは事故までは三峯さんを拒絶していたはずなのに、今は仲良くしようとしている。結果、二人の距離は縮まっているみたいだった。

 三峯さんが助けてくれたからだろうか。

 ともあれ、三峯さんも立ち上がると、二人はそれぞれ僕からバッグを受け取って保健室から出る。

「早く行きましょ」

「行きましょう! あーでもミルクレープ食べたいって言ってて、実際にお店に着いたら他のも食べたくなっちゃうんだろうなぁ」

 つかさのぼやきに、三峯さんも笑う。

「目移りしすぎちゃいますよね。どれも美味しそうで」

「なに言ってんの二人とも。そんなときは全部食べればいいのよ」

「高校一年生にそんな余裕ないですよー。そんなことしたら今週ずっとお昼抜きになっちゃいますって」

「……今日、ショートケーキをホールで食べるためなら、私はそれくらい我慢できます」

 真顔で宣言する三峯さんに、二人は「おおっ」と声を上げた。

「燐ちゃん、なかなか覚悟が決まってるわね」

「そんなこと言われちゃったら……あたしも食べないわけにいかないじゃない」

 わいわいと三人で盛り上がりながら、先に行ってしまう。

 僕は、取り残された康介と顔を見合わせた。

 ……女三人寄れば姦しい、なんてことわざがあったっけ。こういうことか。

 僕と康介はなんともいえない微妙な表情でお互いに肩をすくめると、三人のあとを追った。

 ……さらにそれからしばらくあと、そのことわざとは別に、女子の「甘いものは別腹」という謎の格言もまた、事実なんだなと思い知らされたのだった。


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