第3話 クラスメイト
03
「おい葉巻、いったいどーやってこの子を落としたんだ?」
「告白されたってホント?」
「え……なんで和彦なの?」
「で、なんて答えたの?」
エトセトラエトセトラ。
いろんな人が――それこそ、今まで話をしたこともなかった人さえいた――入れ替わり立ち替わり似たようなことを聞いてきた。けれど、そのどれ一つとして僕はまともに答えられなかった。
その一つ一つが、そもそも僕の方が知りたいことだったからだ。
「本当、私が一目見てこの人だーって思ってしまって」
「本当です。私から……気持ちが抑えられなくて」
「私にも……葉巻さんが素敵だって思えたとしか説明できなくて……え、そう思いませんか?」
「私が急に押しかけたので……少し経ってから答えていただこうと思っているんです」
休み時間になると、転校生に話しかけようとして周囲に人が集まってきた。その前に、三峯さんは僕の席へとやってきて……僕に寄り添うように立っていて……。
おかげで僕もたくさんの人に囲まれて、質問攻めにあったわけだ。
……だから、答えられなかった僕への質問に答えたのが三峯燐だったのも、必然と言えば必然か。
けれどその答えの一つ一つが、僕にとっては理解の及ばない理屈だった。
納得したと言うにはほど遠い。
素敵って……僕がか?
なにをそんな冗談なんか。
その内「いや、実は冗談だったんですけど」なんて言い出すんじゃないかって思っているんだけれど、なかなかそんな様子もない。
「葉巻さん、あの……」
「えと、なに?」
やっと訪れた昼休み。
皆に囲まれて質問攻めにあって……気の休まる時間がなかった僕は、なんなら三峯さん本人とまともに話す時間もなかった。
彼女から声をかけられて、ことのほか動揺してしまったって、仕方ないことだと思う。
「いえ、その……」
「……?」
「名前で……呼んでもいいですか?」
「う、うん。いいけど」
そんなに恥ずかしそうに問われると、僕も恥ずかしくなってしまう。
……拒否できるほどの図太さが、ぼくにあるはずもなかった。
「か……和彦さん。……ふふ」
「は、はは」
そう口にできることが心底嬉しそうな三峯さんの表情に、思わずドキッとしてしまう。……けれど、どこか乾いた笑いも漏れてしまった。
三峯さんの背後から、物凄く冷たい視線を向けられていたのに気づいてしまったからだ。
「カズってば鼻の下伸ばして。やらしー」
「……な、なに言ってんだよ。つかさ」
もう十年を越える長い付き合いになる――それはつまり、物心ついてからほとんどずっとってことになるんだけど――のに、僕が困惑してるんじゃなくて鼻の下伸ばしてるように見えるのかよ。
「えと……天原つかささん、でしたよね。もしかして、和彦さんの彼女……なんですか? 私、邪魔しちゃってるんでしょうか」
そんな、三峯さんのぶっ飛んだ発想に、僕たちは泡を食って否定する。
「違う違う違う! ちっがうから! なんでそーなるのよ」
「そう、違うよ。なんて言うかつかさは……悪友、かな」
「悪友……? ちょっとカズ、それどーゆー意味よ」
つかさの文句を、僕は華麗に聞き流す。
「うん。まぁ……家が隣でさ。それで昔から仲はいいっちゃいいけど、それだけ」
「そうなんですか?」
「なにいってんの。カズが危なっかしいから、あたしがいろいろ面倒見てあげてたんじゃない」
「なんだよそれ」
「自転車で転んだときとか、風邪引いて寝込んだときとか、あたしがいなかったら大変なことになってたわよ」
「今さら小学二年のころのことなんか持ち出すなよ」
「じゃ、もっと昔のことにする? 幼稚園のときにね――」
「――おいつかさ!」
厄介だ。昔のことを知られてるってのは。
いや、僕もつかさの昔の話を掘り起こしてやればいい。僕が捕まえたクワガタを怖がって泣きわめいたこととか、上級生の男子とケンカになって、相手を半泣きにさせたこととか……いや、これはどっちかというと武勇伝じゃないか?
そんなことを思っていたら、三峯さんはなにを思ったのか、ばあっと顔を輝かせてつかさに駆け寄る。
「え、え? 三峯さん?」
「わぁ! 和彦さんの幼い頃の話、もっと聞かせて下さい!」
「あ、うん。いいけど……」
「ありがとうございます!」
三峯さんは、そうこられると思ってなかったつかさの困惑などお構いなしに、つかさの手を握ってはしゃぐ。
「そうねぇ。最近だと……テスト前にあたしに勉強教えてって泣きついてきて――」
「――それ、お互いにわからないこと教えようってなっただけだろ。僕だけ馬鹿だったみたいに言うなよな」
「似たようなもんでしょ」
「いや、大分違うだろ」
「天原さんは和彦さんと仲がいいんですね。すごく羨ましいです」
「……」
「……むぅ」
キラキラした瞳の三峯さんに、僕とつかさは毒気を抜かれたというか……リアクションに困って顔を見合わせてしまった。
「いいよなあ、葉巻は。三峯さん、美人で気立ても良さそうで……」
「おい、康介がなんか言ってるぞ」
「静佳先輩だって美人でしょ。なに言ってるの室生君」
「静佳さんは嵐みたいなもんだから……」
「そうかもしれないけど、それ以上はやめといた方がいいと思うぞ。そんなこと言ってたら谷口先輩が――」
僕が言い終わらないうちに、まるで見計らったようなタイミングで、教室の扉がスパーンと開け放たれる。
「あたしを噂している気がする! やだもー康介ったら。そんなにのろけられたら照れちゃうー」
開いた扉の向こうで、ほほに手を当ててくねくねしているのは、言わずもがな谷口静佳先輩だ。
「静佳さん……。あー、あー。うん」
とりあえず、康介は顔を青くして突っ伏した。
そんなの当然お構いなしに、谷口先輩は康介の腕をとって無理矢理立ち上がらせる。
「さー康介。お昼食べに行きましょ。あたし、放送室の鍵借りてきたから」
「嫌な予感しかしねぇ!」
先日、谷口先輩と室生康介が放送室でイチャイチャして――谷口先輩が押し倒しただけとも言える――もちろん、校内放送でその様子が実況中継されたのは記憶に新しい。
「だいじょーぶだいじょーぶ。あたしのことを信じなさい」
「この前のことを俺が忘れたとでも? 信じなさいって言うくらいなら、もうちょっ――」
「――はいはい。いーからいーから。こーすけ行くわよー」
「なにもよくねぇよ! 誰か! た、助け――」
二人は教室から出ていった。
康介が連行されていったようにも……むしろそうにしか見えなかった気もするが、たぶん気のせいだ。
うん。きっと気のせい。
いつものことだし。
もはや見慣れている僕たちと違い、三峯さんは谷口先輩が出ていった扉を呆然と見つめている。
「本当に……嵐のような方ですね……」
「静佳先輩だからねぇ」
それで説明になってしまっているのがなにより恐ろしいところだ。
「この高校で一番の有名人だよな。いい意味、とは言いがたいけど」
僕とつかさの二人は、うんうんとうなずき合う。
そんな僕らのいる教室に、谷口先輩と康介の二人と入れ違いで、一人の男子生徒がやってくる。
結構な細身の長身に、切れ長の瞳。そして眼鏡の位置をくいっと直し――。
「――おはよう」
「……せめて三時間前にいう台詞だよ、朔也」
扉に一番近かった銀が、ずる、とずっこけそうになりながら突っ込む。
「そうか? 轟は細かいことを気にするやつだな」
「いやあ、細かいかなぁ。朔也が大雑把すぎるだけなんじゃないかと思うけどなぁ」
「ふむ。見解の相違だな」
「うーん。うん? そうかなぁ。でもまあ、そーゆーことにしとこう。不毛だし」
「わかってくれてなによりだ」
肩をすくめる銀に、そいつは律儀にうなずいて見せると、席についた。
「和彦さん。あの方は……?」
「ああ。あいつの名前は福住朔也。僕らと同じクラスだよ」
「あんなに真面目そうな顔してるくせに、ものすごーい遅刻魔よ。なんでそれで頭いいのかしら」
つかさがぶーぶー言ってるが、正直、僕も同意見だ。
福住朔也。
昼休み前に来たことないんじゃないかってくらいの遅刻魔なのに、この半年での成績は学年十位以内をキープしている。そのせいで先生からも半ば黙認されている感じだ。なんてやつだ。
「なんというか……この高校は、すごい人が多いですね」
さすがの三峯さんも、口端をひきつらせるみたいに苦笑していた。
……よく考えてみるまでもなく、三峯さんも転校初日になかなかすごいことをしてるし、彼女の言う「すごい人」には三峯さん自身も入るんじゃないの? と思ったのだけれど、僕にそれを指摘する度胸はなかった。
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