第2話 転校生


02

「ビッグニュース!」

 隣の教室に行ったはずのつかさは、五分もたたずに帰ってくると教室の扉をスパーンと開けながらそう高らかに宣言した。

「ねえねえカズ、聞いてよ。ビッグニュースなんだって」

「わかったから。もう武ちゃん先生来るしホームルーム始まるし、席戻れよ」

 僕はわりとまともなことを言ったと思うのだけれど、つかさはそんなこと聞いちゃいなかった。

「その前に言わないとビッグニュースにならないんだもん」

「はぁ?」

 なに言ってんだ、と半眼でつかさを見上げる僕に、彼女はピッと人指し指を立ててみせる。

「なんと今日……このクラスに転校生が決まーっす」

「へぇ。男子? 女子?」

「わかんない」

「名前は?」

「わかんない」

「どこから来たとかは?」

「わかんない」

「なんでこんな時期に?」

「わかんない」

「……なんもわかんねーんじゃねーか」

「そんなことないよ。転校生が来るってことはわかるでしょ」

 自信満々でそう言いきるつかさに、僕はため息をつくしかない。

「だから――」

「――ほら、静かにしろ! 天原は席につけ! ホームルーム始めるぞ」

 武ちゃん先生が教室に入ってきて、僕は続きを言うのをあきらめた。

 同時に、騒がしかった教室内がしんと静まりかえる。

 武ちゃん先生が厳しいから……では、もちろんない。

 武ちゃん先生の後ろをついてくる女子生徒に、皆が目を奪われたからだ。

 線の細い美少女だった。

 腰までありそうな艶やかなストレートの黒髪に、西洋人形みたいな小顔。そこにくりっとした大きな黒瞳からは緊張が読み取れるものの、柔和そうなほほ笑みが彩られている。

 武ちゃん先生は、僕の席までやってくると手もとのプリントを丸めて、横で突っ立っていたつかさの頭をポンと叩いた。

「こら、天原。席につけって言ってるだろ」

「あ、ごめん武ちゃん先生」

「武下先生だコノヤロウ」

「あいたっ」

 つかさの失言に、武ちゃん先生は二発目を見舞う。

「ぼーりょくはんたーい」

「これが体罰だってんなら、親を通して校長に進言しろ。俺は職を失うかもしれんが、お前らの担任はこの高校一厳しいと名高い永井先生になる」

「うげっ」

「嫌なら早く席につけ。そして、俺が永井先生の名前を出したことも忘れろ。いいな?」

「はーい」

「なんだ、わかったのは天原だけか?」

 武ちゃん先生が教室内を見回すと、みんな口々に「わかりました!」とか「永井先生はマジ勘弁」とか「武ちゃん先生が一番」とか言い出す。

「だから武下先生だって言ってんのになぁ。お前らが静かになんないと、いつまでたってもこの子の紹介ができねーぞ」

 武ちゃん先生の言葉に、皆はようやく静かになり、それぞれの席につく。

 それを見て、武ちゃん先生は正面のホワイトボードに、彼女の名前をさらさらと書いていく。

「……よし、やっと話ができるな。さて、この子は三峯燐だ。家庭の事情で数日前に四国からこっちに引っ越してきたばかりだそうだ。わからないことも多いだろうから、色々と教えてやってくれ。……さて三峯、自己紹介を頼む」

「あ……はい。三峯燐と言います。よろしくお願いします。……えっと、まだわからないことばかりでご迷惑をかけてしまうかもしれませんが――」

 ――急に目が合って、彼女、三峯燐は口をつぐむ。

 ……?

 なんていうか……僕、そんな変なことをしただろうか。ジロジロ見られて嫌だったとか?

「三峯、どうかしたか?」

 武ちゃん先生の言葉にも、彼女は反応しない。

 もしかしたら、僕は三峯さんのことをジロジロ見すぎていたかもしれない。でも、転校生が自己紹介してるんだから、そりゃ――ジロジロかどうかはともかく――見てしまうのは仕方ないんじゃないだろうか。

 そんなことを思っていて、クラスの皆もさすがにどうかしたのかと彼女の視線を追う。

 何人か――その中には、天原つかさや室生康介がいた。轟銀は彼女を見たままだったが――と視線が合い、すごく居心地の悪い……気まずい感じだった。

 だけど、そんな気まずさなんて大したことはなかった。

 ……その直後の、三峯燐の奇行に比べれば。

「あぁ……」

 彼女は感極まったかのように悩ましげなため息をつくと、いてもたってもいられない様子で駆け寄ってきた。

 なぜか――僕のもとへ。

「こんなところで会えるなんて!」

「はぁ?」

 ポカンとする僕なんかお構いなしに、目の前の美少女は僕の手をとって、とんでもないことを口走る。

「貴方が、私の運命の人です!」

「はあっ?」

 クラス中がざわめき出すのも無理ないな、と思った。

 一番意味不明だと思っているのは、もちろん僕自身だったけれど。


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