宙(そら)にアイスを打ち上げる

他山小石

そらと地球のキャッチボール

 宇宙コロニーが建設された。細長い円錐状のコロニーに、地球からは軌道エレベーターでつながっている。


 宙(そら)のつらら計画。


 まだ開発段階で多くの課題が残っている。

 俺は地球側に残って作業している。 大学時代から付き合っている紀美加はコロニー側で研究している。

 離れて過ごしてもう2年になる。軌道エレベーターの使用許可はなかなか出ないのだ。

 これは仕方がない。

 機器を使用するのにもコストがかかるのだ。


 今、実験しているのが転送トンネル。

 物質を一旦分解して、別の場所に転送する。再構築した物質は成分的に分解前と何も変わらない。


 人の腕なら楽々通れるであろう転送トンネルから、アイスクリームを送った。金属製のスプーンを添えて。

 実験は成功、音声通話で満足そうな表情が届く。黒縁眼鏡にウェーブ強めのロングヘアが特徴的な俺の大切な人。

 紀美加は、幸せそうにアイスクリームを食べている。


「うん。問題なし。当然だけど、まだ生物で試す段階ではないね」

 腕が通れそうなのに、あちらとこちらで握手などできそうにない。

「小さい無機物ならまったく問題ないみたいだね」

 スプーンも問題なさそうだ。


「アイスクリームが大丈夫なんだから。……あ、でも一旦分解されるからね。それって届いたものは別物と同じだからね!」


 何かを悟っているようだ。うん、鋭い。

 実験のドサクサに紛れて指輪を送ろうと一瞬でも考えた俺が浅はかだった。

「こっちからも送っていい?」

「いいんじゃないか?」


 そりゃいいさ。双方向に物質をやり取りできるかの実験なんだから。


 届いたのは紙? 手紙?


 誕生日おめでとう! 消しても消えない思い出をありがとう! 大好き!


「届いた?」

 無事に届いたよ。

「降りてきたらさ。その、渡したいもんがあって」

 隠してるつもりだが、つい話そうになってしまう。

「コウ君がこっちきてもいいんだよ?」

 距離が離れても、近くにいる。

 今すぐ小さいトンネルをくぐってでも、会いに行きたい衝動を抑えるしかない。

 ため息をつく。

 音声通話に向かって理系男子の顔となる。届いた手紙を片手に。


「紀美加、これではデータが足りないよ。脳の腹側被蓋野(ふくそくひがいや)が興奮して止まらない。強烈なバグだよ。一刻も早く、僕らは直接やり取りするしかないようだね」

 彼女は、笑いだす「また始まった」と上半身を揺らしながら。


「かわらないね! バカみたい!」

 画面の向こうでふわふわの髪がゆれている。

「これからもバカの近くでいさせてね」

 跳ねる心臓。

 去勢を張っていた俺は顔が熱い。理系男子は直球に弱い。

 宇宙から落とされた想いを受け止める。この時間は忘れない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宙(そら)にアイスを打ち上げる 他山小石 @tayamasan-desu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ