第3話 過去編 休日に見てしまった
落ち込み気味な
あれからさらに数日が過ぎ、今日も今日とて
『
つまり校内において風祭の周囲には常に多くの人目があって、気軽に『おい、お前浮気してんのか?』などと問い詰められる状況に巡り合うことはない。
尋ねることが可能か否かと問われれば、物理的にはもちろん可能ではあるものの……バカ正直に実行に移しては透の面目を大いに潰すことになる。
公衆の面前での直接対決。
噂の真偽を置くとしても、それはできれば避けたい選択肢であった。
結果として攻めあぐねているわけで、篤志は自身の軽挙妄動を大いに反省することになった。透に合わす顔がないな、と。
そして――
「
「透さんが謝らなくてもいいって」
大学受験を控えて加熱する授業を終えた週末の土曜日。
読みそびれて積み上げてしまっていた漫画で一週間の疲れを癒したかった篤志は、透とともに公園のベンチに腰を下ろしていた。
昨晩、透から『優吾さんが明日どこかに出掛けるそうです』なんて通話をもらったからだ。
それだけなら『俺はパス』と断れなくもなかったが、経緯を聞くと断れなかった。『せっかく部活が休みなのですから、明日一緒に遊びに行きませんか?』と誘いをかけた返事として『用があるから無理だ』なんてメッセージを貰ったとスマートフォンの向こうで半泣きされては無碍にできない。
そんなことをわざわざ篤志に伝えると言うことは、透が風祭と行動を共にするわけではないと言うことで。
『だったらどこに行くの?』という疑問が湧くのは自明の理。
念のために風祭の家族に話を振ってみたところ、家族で外出するとかそう言う話はなかったとのこと。
──まぁ、怪しいと言えば怪しいんだよな。
浮かない顔の透に直接ぶっちゃけはしなかったが、篤志は内心でそんなことを考えていた。進捗のなさを申し訳なくは思うものの、貴重な休日に呼び出されては不満のひとつも出てしまう。
男女交際の経験がない篤志の想像にどこまでの説得力があるかと言われると疑問はあるのだが……風祭にとって透は歴とした恋人。これは事実。
彼女を放置してまで優先する相手あるいは用件というのは、同じ思春期男子的になかなか思いつかない。家族旅行とかならわからなくもないが、その線もないとなると……
透自身も薄々察しているようで、表情は冴えないまま。
……まぁ、それはともかく、
「透さん、かわいい服着るんだな」
「ふぇ!?」
風祭の件で行動を共にするようになってそれなりに時を過ごしてはいるが、休日に顔を合わせるのは初めてだった。つまり透の私服を目にするのも初めてだったから、取りも直さず褒めておいた。
社交辞令のつもりはなかった。
外出時には女性の衣装を褒めるべし。
篤志なりの社交術というよりは、大久保家の暴君もとい血の繋がった実姉にさんざん仕込まれた成果だった。
これまで姉の言葉は話半分に聞き流していたけれど、目の前で頬を赤らめて挙動不審に陥る透を見る限りでは、あながち間違ってはいなかったらしい。
生まれて初めて姉に感謝の意を捧げた。
二度目はないだろうな、と思いながら。
「そ、そう言うこと、誰にでも言うんですか?」
「誰にでもって、そんな節操無しに見える?」
「……」
「そこは『そんなことありません』って言って欲しかった」
「ご、ごめんなさい」
──謝るってことは、そう思ってるってことだよな。
なんだか泣きたくなってきた。
年齢=彼女いない歴の男として、とても悲しい。
事実無根のイメージを持たれているのは透だけだと思いたい。
「ま、まぁいいや。それより風祭の奴がどこに行くのかはわかってんの?」
「それが、その……」
いきなり口ごもられて嫌な予感がした。
先ほどから視線を篤志と合わせようとしないのも不安材料だ。
透の口ぶりは基本的にハキハキしているし、誰かと話すときは相手の目を見ることを習慣づけているようだから、なおさらであった。
「ひょっとして、わかってなかったりする?」
「……すみません」
「マジか」
期せずして漏れた声に落胆の色が混ざることを禁じえなかった。
透から連絡をもらったときには、てっきり尾行的なことをするのだとばかり思っていたのに。
まさかターゲットの捕捉から始めなければならないとは。
身もふたもないことを言えば、丸一日無駄足を踏む可能性が高い。
こんなことならスマホの電源を切っておけばよかったと思わなくもない。
──でもなぁ。
隣ですっかり恐縮してしまっている透を放って置けない。
ついでに『正面突破するわ』と豪語しておきながら、何の成果も得られていない自分が偉そうなことを言えた筋でもない。
「ま、ここにいてもしゃーないし、駅前とか行ってみる?」
「そうですね……」
互いに頷き合って立ち上がり、駅に向かう。
ふたりならんで歩いていると、すぐ隣から消え入るような声が聞こえた。
「ごめんなさい」
「別にいいって。なんなら透さんとデートってことにすれば」
「それは……すみません、私は……」
躊躇いがちな声に目的を思い出させられた。
もともと風祭の浮気現場を押さえるための外出なのだ。
彼氏持ちの透が他の男と休日を満喫していては、本末転倒にも程がある。
「悪りぃ、つまんねーこと言っちまった」
自分で叩いた軽口なのに、なぜか胸が痛かった。
理由を追求する気には、なれなかった。
★
偶然とは恐ろしいものだと思わざるを得ない。
正直なところ、篤志は割と諦め気味だったのだ。
高校生の行動範囲はそこまで広くはないと仮定しても、あまりにも当てがなさすぎた。
砂漠の中で一粒の真珠を探すなんて話よりはマシとは言え、五十歩百歩みたいなもの。
風祭を発見することは難しいだろうと、心の中でため息をついていたのに。
眼前の光景、これはもう運命とでも呼ぶしかないのではないか。
率直に言って、こんな運命は嫌だった。何を言っても今さらもう手遅れだが。
「あ、あれ……」
隣の透が口に手を当てて震えている。
その視線の先には、近日すっかり見慣れた感のある高身長のイケメンこと風祭がいて。
彼の隣には、これまた見慣れた感のある女子生徒の姿があった。誰あろう女子バスケ部のキャプテンだった。女子にしては背が高く、サッパリしたショートカットとスポーティーないでたちは、体育館で目にした彼女の姿と完全に一致している。
ふたりは並んで(よりにもよって手を繋いでいる!)ウィンドウショッピングに興じていた。
篤志たちが彼らを発見した時、ちょうど小物を見ているところだった。
咄嗟に見なかった振りをしようかと思ったが、それでは意味がないことも事実。
でも、せめて透の視界に入れないようにするべきではないかと考えた時には、もう遅かった。
透は大きく目を見開いて自分の彼氏と、噂の彼女が並んで歩く姿を目に焼き付けてしまっていた。
「あ〜、これは、ほら、あれだ。彼女っていうか、この場合は透さんの誕生日プレゼントを選んでる、みたいな」
透の好みがわからないから、身近な女子に助けを求めた。
漫画とかでよくあるシチュエーションだ。
現場を本人に見られて拗れるところまでがお約束。
最終的に解決することがほとんどだから問題なし。
「……」
わざとらしく脳内理論を声に出してみるも、透の反応はない。
篤志もまた『何で風祭を庇わなきゃならないんだ?』と自問していた。
「私の誕生日は4月です」
「お、おう、そうですか」
カレンダーを確かめるまでもなく、今は6月の下旬だった。夏が近い。
つまり彼らが探しているのは透の誕プレではなかった。
2か月遅れでプレゼントを贈る彼氏という線もなくはない……いや、ない。
「ちょっと行って話を聞いてきますね」
「わああああぁ、ちょっと待って! 透さん、落ち着いて」
小さな身体をわなわなと震わせて、それでいて両の瞳は恐ろしいほどに凪いでいて。明らかに危険が危うい。風祭達に突撃をかけようとする爆発寸前の透を後ろから抑え込む。口を塞いで、それでいて余計なところに触れないように。
「むぐ~~~~~~~~~!」
正当性は自分の腕の中で暴れる透にある。
だからと言って、この場で彼女を解放しては大惨事になりかねない。
いっそのこと『どうにでもなれ』的な投げやり感の誘惑に身を委ねるのも一手ではあるが、ここで放り投げると後味の悪さが半端ない。
──他になんか可能性はねーのか?
今まで読んできた漫画の中からこの状況をうまく説明できる言い訳もとい理由を想像してみたが、透をうまく言いくるめられそうな答えは見つからなかった。
どうしようもない現実を前に、篤志は思わず空を仰いだ。
晴れ渡る空の青さが、やたらと癇に障った。
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