異世界?マッシュアップ

KazeHumi

異世界?マッシュアップ


 時間の感覚がない。


酒を飲みだした時刻とこの暗さからすると、まだ真夜中か。明り取りからはぼんやり月明りが差しこんでいる。

 そしてここはどこだったか? 誰もいない、自分の家ではない民家。そうだ、俺は主のいない民家に忍び込んで、一人祝杯に酔い、そのまま眠り込んでしまったのだ。

 恐ろしく寒い。真冬の真夜中とはいえ、ここ最近では味わった事の無い寒さだ。暖をとらなければ命に関わるかもしれない。

 それにしても強烈に胸が痛む。身体を動かすことが億劫なほどだ。それどころか上半身に力をこめることに恐怖すら感じる。

 昨晩の腕立ては少々やりすぎだったか。以前力自慢の男に、晴れの舞台に立つ時があれば腕立てをしてのぞめと言われた。胸の筋肉が隆起し堂々と見えるという話しだった。今日という日のために張り切りすぎた。身体を動かす度に胸の筋肉が軋む。これは酒のせいか、身体中が痛む気もする。とにかくこの寒さは危険だ。酒のはいった状況では尚更だ。

 できれば家に帰ったほうがいいだろうが、上半身を起こそうとしても思うように身体が言う事をきかない。濁酒の酔いが、身体にしっかりと残っているのか。「酔いが残らない」という謳い文句はひっこめたほうがよさそうだ。

 しかたなく這って土間へ向うと、やけに床に足がかかった。訝しんで足を見ると、俺の足が具足に覆われいた。具足を装備したまま寝てしまっていたのだ。身体のあちこちの痛みは酒のせいばかりではなく、装備を解かずに寝ていたせいかもしれない。全く頼りない簡素なものだが、動きを制限するには充分だ。

 目と鼻の先にある土間が、遥か彼方に思えてくる。すぐにでも全身の装備を外したい。だが防寒に一役買っているかもしれないと考えると、装備したままが良さそうだ。具足をまとい、這って進むなどまるで山中の戦だ。まあ文句を言っても始まらない、命のためだ。もうすぐで戸に手が届く。

 立てつけが良い戸で、たいした力を入れなくてもするすると開いていく。戸が開くにつれ土間の明るさは増し、開ききると思いがけなく明るい月光に満たされた。

 外では月明かりのもと無数の雪が舞っている。いや舞うというより、重みのある牡丹が空から落花し続けている、そんな風情だ。北の人間から聞いた「雪花」という言葉を思い出す。積もる雪だ。

 幻想的な雪景色から我に返ると、外から侵入した冷気に思わず身震いする。寒さからというより恐怖からだ。うわばみが全身に巻きつき、締め残すは喉元のみで、いつでもそれは可能だという顔で俺をに睨んでいる。冷気のあまりの鋭さに、そんな不吉さと危機感が過ぎった。

 この雪の夜道、我が家へ向かうことは命取りだ。そしてこの冷気のうわばみをこの家の中に入れてはならない。

 俺は急いで戸を閉め、逃げるように床敷きに這って戻った。これ以上着る物はなく、野営の用意もない。床敷の中央にある囲炉裏はあるが火はない。命が危ない。

 どうしたことだ。俺は戦に勝ち幸福の只中にあった。俺の濁酒には皆が美味いと頷いた。丹精こめて作り上げた酒は認められたのだ。

その夜、ここ最近では一番というほどに冷えこんでしまった。成功の祝いと転がり込んだ自分の家でもない場所で、自慢の濁酒を飲みすぎて寝いってしまった。

 俺は認められた。終に道が開けた。やっと力が揮えるのだ、全てはこれからだ。こんなところで死ぬわけにはいかない、なんとしても生き延びなくてはいけない。

 戸を開けた時に忍び込んできた冷気を思うと恐怖に喉が締めつけられた。何か被ったり身体に巻いて暖をとれそうなものはないか。

唯一、蓑が壁にかかっている。隙間風には無力だろうがないよりましなはずだ。ここは藁をも掴もう。

 蓑を身体に巻きつけると、藁の香につつまれて首筋の筋肉が緩んだ。肩から首あたりにかけて力が入っていたことに気づく。蓑でおおった背を下に、仰向けに横になってみる。

 身体の前面を隙間風が撫でていった。どこからか戸外のうわばみが侵入し、腹の上でとぐろを巻いているような恐怖にかられる。身体を縮めるようにうつ伏せに寝返ると、途端に身体の前面が硬直した。床は固く冷たく、まるで巨大な氷壁に抱きついているようだ。しかも蓑に覆われた背の上には、やはり冷気のうわばみがとぐろをまいている。

 冷気と恐怖に全身がすくむ。喉元がつまって、息がうまく飲み込めない。息苦しさもそのまま恐怖となる。

 指先は震えている。呼吸は勝手に浅く速くなっていく。まるで駆け回った後の犬のようだ。何か手をうたなければ。

 視界の中には囲炉裏がある。そのほかに目につく物といえば薪と手斧くらいか。幸い薪はよく乾いていそうだ。さして広いとはいえない室内、薪で大きな火を起こすことは避けたいところだが命を優先しよう。この状況で火を起こせたらむしろ幸運だ。

 寒さが酔い覚ましになったか、頭がだいぶすっきりしてきた。食い物を腹に入れて意志を強く持とう。糧袋の中に兵糧丸とゼンマイの酒肴がある。贅沢は言っていられない。それにどちらも濁酒と並び評判の良かった俺の自信作だ。俺の生きる原動力を直接腹に入れるという事は、生き残る事の誓いとなるような気もする。この兵糧丸と酒肴、そしてこの濁酒は今の俺の生きる理由だ。

 掴めるだけの兵糧丸とゼンマイの乾物を口に押し込み、凍える歯を励まして休みなく噛み砕いた。味気ないといえば味気ないが、生き抜く事への意志が座り、勇気が沸いた気がする。誓いは腹におさまった。

 さあどう火をつけるか。与えられた環境を考えれば木と木の摩擦から火を起こすのが現実的だろう。それにはまずは芯棒が必要だ。全ては薪から賄えばいい。細めの薪の先端を削ればきっとなんとかなる。その棒を幅が広い薪の上につき立て、手で錐揉みだ。

 手斧は見た目の鈍さよりも切れ味が良かった。細かい作業にも応えてくれる。芯棒はなんとか様になった。次に幅広の薪の中央に手斧の刃の角で切れ込みを入れる。繰り返しているうちに、棒を突き立てることができそうな窪みができた。

 芯棒を両の掌で挿むと、手がかじかんでいて指先の力加減がきかない。肘を引くように動かして芯棒を移動させてみると、なんとか先端を板の窪みに突き立てることができた。あとは両腕に力を込めることで芯棒が安定した。

 無心で錐揉みを続ける。肩に力が入ると芯棒の回転が悪くなることが解ってきた。肩の力を抜く事だけに集中して錐揉みを続けていると、わずかな焦げ臭さを感じた。ここぞとばかりに回転を加速させる。

 芯棒の先と板の窪みとが接触している箇所の色が変わった。顔を近づけて臭いを嗅ぐ。微かだが確かに焦げ臭い。間違いない、いける。

 囲炉裏の中央に薪を組み上げる。体を包んでいた蓑を脱いで、手早く端を手斧で切り落とした。切り取った麻紐を解し、さらに斧で刻んだものを焦色のついた板の窪みに置く。同じようにして作った火口を、組んだ薪の下に詰め、再度錐揉みを始める。

 腕を力いっぱい動かすとすぐ、寒々しい薄闇に、温かみのある赤褐色が灯った。

「つけ! 燃えろ!」

 その赤褐色に震える息を送ると瑞々しい朱色に近い赤となった。

 赤くなった藁屑を急いで薪の下に差し入れる。恐る恐る息を吹きかけると、ついに頼りない火がうまれた。藁屑の火口の寿命は短い、夢中で藁の火口を作っては頼りない火へと投げ込み続けた。

 炎の揺らぎと薪の爆ぜる音には心を落ち着かせる力があった。火の温もりが具足や麻布を通して伝わってくると、全身の筋肉が緩んだ。朝までもつかもしれない。打つ手は尽くした。再びミノを身体に巻きつけると眠気がやってきた。

 お館様は許可してくださるだろうか。俺の濁酒を天下一と名乗らせてくれるだろうか。そうだ、少しだけ濁酒を飲んでおこう。お守り代わりに、生きる誓いの全てをおさめておこう。

「ふぅ」

 我ながら良い濁酒だ。腹は座った。きっと朝を迎えられる。眠気に身を任せよう。


 眩しい。光だ。黄泉の国にまつわるような光か。どうやら違う。明り取りから差し込む、現実の光だ。鳥も囀っている。どうやら俺は生き延びたようだ。

 差し込んだ光が、薄闇だった空間を薄墨色に変えている。囲炉裏に灯っていた薪の炎は、じんわりとした炭火へと変わっている。

 恐る恐る頭を降ってみると痛みは感じない。

ゆっくり立ち上がってみればふらつく事もない。酔いは抜けている。やはりあの謳い文句はかかげておこう。

 土間に向かい戸を開けると、一度に光が押し寄せた。日は昇ったばかりのようだが、昨夜の雪が嘘のような青空だった。

「これはこれは、野武士さんだ」

 具足をまとったままであることを忘れていた。軒下に立つ男が物珍しそうにこちらを見ている。父親ほどの年恰好に見える。

 平社員より早く出勤することが習慣となっている重役、といったところか。

「急にこんなものが建っていたので見せてもらっていました。すると中から野武士まで」

「驚かせてしまいました。今晩もお近くにいらっしゃるようでしたらまた来てください。濁酒と酒肴、兵糧丸も配布させて頂きます」

「ほう、それは良い事を聞いた。ああ、今日はスカイポイントがよく見えますな」

 男が顔を上げた先の空に、つられて視線を向ける。上空に浮かぶシルバーの球体が太陽の光を反射している。

「あれは、落っこちてくることはないんでしょうかね」

「第三東京タワー『東京スカイポイント』。開業以来もうずいぶんたちますが、事故があったとは聞いたことがない」

 男はおかしそうに答えた。

「浮遊型電波基地ではなくて、歴史の教科書にあるように、僕はタワー型でいいと思うんですが」

「周囲が高層化される度にタワーを延ばしていたらきりが無い。イタチごっこですよ。お若いのにずいぶん古風な心配をお持ちの方だ、さすがは野武士」

「今晩の戦国酒食キャンペーンは、僕の企画なんです。初めて通った自分の企画なので嬉しくて嬉しくて。今はなんでも心配になってしまうみたいです」

「なるほど初陣ですか。今晩の予定が決まった。帰りにもSL広場に寄りましょう。それじゃあ」

 戦国酒食キャンペーン用のレプリカ古民家は、新橋駅SL広場の端のスペースに急遽建てられた。広場中央に鎮座するのは『ファースト・リニア』だ。主役がSL広場に展示されてから、もうずいぶんと経つらしい。そういえば昨日、このリニアモーターカーは200年近く昔のもので、東京―大阪間を走るリニアとして最初に実用化された車両なのだと、鉄道好きの部長が熱く語っていた。

 この車両の外観的大きな特徴はボディが塗装処理されているところだろう。なんともレトロでいい。ボディというボディ、壁という壁、面という面が、各々好きなものを映し出す現代を考えると、何も映し出さないという「控えめさ」と、単一の色を決して変えない「潔さ」に好感が持てる。

 このSL広場だって、現在もどこかのモニターに映し出されているはずだ。そうだ、俺の姿も今どこかに映し出されているはずだ。よし、いっそ俺が今ここに立っているのは全てキャンペーンの一貫という呈で駅に消えてやろうじゃないか。戦国の世の苦労多き民は、今晩の晴れ舞台のために、一先ず家路に就くとしよう。


 白銀に発光する長い車両が、音も無く新橋駅へと滑り込んでいく。


―fin―

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