金曜日 淡い期待と虹色の驚き

〔久しぶりに。〕

そうコノちゃんに答えてから、三日。


書いた直後、突然、祖父からの本に大変なことをしてしまったという気持ちが私を支配した。何をしている、本に文字を、しかもボールペンで。


すぐにしっかりと本を閉じ、何事もなかったかのように寝た。

明日になって、全部夢でしたなんてことになったりしないかなあ・・・と、叶わないとわかっている糸のような希望を信じて。


まあ、いわゆる現実逃避というやつだ。


結局、そのあと私はコノちゃんに触れていない。

なんて臆病なのか、責任ももてないなんて。そんなセリフが三日間、私の頭の中を靴音高く歩き回っていた。


やっと勇気をだし、本を開く。結果・・・・・・



(・・・ああ。)




そこには、私の書いた文は・・・ちゃんとあった。


だけど、どこかおかしい気がする。して・・・その正体に気づいた。

三日前読めなかったその先が、今の私には読めた。1 ページどの文が足されていて、全て一気に読んでしまった。


〈そう!それじゃあ、このごろでは一番いいことがあったのね。良かったわ。

私の考えなのだけれど、「いいこと」ってあんまり自覚ができないのよ。普通に生活していれば、それで慣れてしまうのだもの。でもね、ミヨリ、それって悪いことなわけじゃないのよ。

自分が生活しているなかで、「いいこと」がたくさん起きている証拠なの。「いいこと」が自覚できるのは本当に純粋な人か、本当に酷い境遇にいる人々だけ。ムリにあなたにそうなってとは言わないわ。ミナの思うことを書いてくれれば良いのよ。


それから、私に姉がいるって話をしたわよね?姉はあなたより 6 歳年上なのだけれど、性格はとってもあなたに似ている。時々すごく迷うことがあるけど、ずっとそれを乗り越えてきたツワモノよ。もうすっごくかわいくて綺麗で、私の憧れなのよ。・・・ってことは別にいいわね、ごめんなさい。姉はここではサヤと言っておくわね。サヤはミナ、あなたと性格が似ている。これはさっきも言ったわね。


サヤの武勇伝を一つ、聞かせてあげる。ある冬のことなの。とんでもなく寒い朝、サヤは学校で掃除をしていた。それが学校の決まりだったから。廊下の端から端まで、サヤの担当だった・・・かわいい女子にやさしい先生のせいでね。サヤはずば抜けてかわいいとか美人、とかではなかったから。5 クラス分の廊下をせっせと雑巾がけして、ピカピカにしたわ。

でも汚れ仕事を女子がやるのは、その贔屓されていた女子から見ると気に入らなかったみたい。サヤを虐めはじめてね、教師はそれを見てみぬふりした。でもサヤは強かった。身長は低くて、運動も苦手なくせにいざというときの度胸はあった。

サヤはね・・・その女子たちと教師に、協力者を名乗って手紙をだしたの。南駅の近くの第二体育館に来いって。そこに、当時一番信用できた大人を数人集めておいて、それで見せた・・・教師や生徒たちが彼女にしていた虐めの証拠を。それから、サヤは学校を転校して——両親がものすごく苦労したそうよ——なんとか高校卒業までの資格はとれた。

どう?きっとあなたにも、優しいところはあると思うわ。全て許せとは言わない。ただ、何より大事なのは、人の誠実さを認めてあげること。「いいこと」はそこらへんに転がっているけれど、必ずしも拾い上げることができるものじゃないのよ。〉


「・・・はあ。」

なんだか久しぶりに本を読むことに大量の労力を使った気がする。


「——まあ、別にいいんだけど。」

ぼそっと呟いた意図のないその言葉が、コノちゃんには聞こえたのだろうか。

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