火曜日 出会いと動揺

次の日。タオルケットをどかして、エアコンの効いているであろうリビングへ直行・・・結果、その期待は儚く散ることになるとも知らず。


いつも通り無事登校。

クラスに朝読書を呼びかけ、自分も家から持ってきた本を開く。

祖父の、大切にしまわれていた本。この前、ちょうだいと言ってもらってきた本。


なんとなく分厚く。


なんとなく読む気が湧いて。


なんとなく、開いてみる。



ハードカバーで4センチくらいの厚みがある。題名は「気怠さ冒険記」。表紙はやけに古いのに、パラパラと中をめくっていくと紙質はだんだんと新しくなっていった。

不思議とそれに疑問は感じず、ただ何かに惹かれるように最初の文章が書かれているページを開く。この本の中では一番古い紙のようだった。


〈はじめまして。私は弧乃華、コノカでいいわ。突然だけど、私には姉がいる。青春を部活に捧げた素敵な姉。今は大学生よ。ピアノとトロンボーンが演奏できる。すごいでしょ。それから、やっと開いてもらえてうれしいわ。〉


そこまで読んで一回、静かに本を閉じる。周囲では一部の男子たちが何やら騒ぎ立てている。それを仲の良い男子たちが静めようとしていた。

何故、プライベートな姉の問題を書こうと思ったのか。これからのページに何が書いてあるのか気になって、2,3ページずつめくっていく。

「・・・っ」


・・・・・・うそ。信じられない。こんなのってアリ?

私のすぐ後ろにあるロッカーの、誰のとも知らないカバンがずるりと落ちた。

私がめくっていったページは全て・・・最初の1ページ以外、読めなかった。文字は書いてあった。だがぼんやりとしていて、何か言葉であることはわかるのだが、内容を――理解することが、できなかった。


どこの言葉であるとか、なに文字であるとは関係ない。そのぼんやりとしたものが消えれば、わかる気が――そして確信が――あった。



昼休み。そのあと、私は最初のページに戻り、読み進めていった。そうすると読めた。順番に、1ページ1ページ読んでいけば。

あまり興味の湧く内容ではなかった。スピーチ原稿のように淡々と書かれていて、自分の情報を伝える量をいかに多くするかと意識しているような文章だった。


「トキちゃん」

私が今のところ気に入っている、名字からつけたあだ名。お姉ちゃんのあだ名だったが、ふんわりとした響きで好きだ。

「ん?」

「一緒に図書室、行かない?」

カナちゃんが誘ってきてくれた。もちろんとこたえ、借りていた本を一冊手にとる。

「暑いねー。」

「うん。エアコンとか、なんでもっと早くつかないんだろうなあ。」

「ほんと!」

笑いながらただ、図書室へ階段をおりた。



部活。こんな暑い日に、8人だけの部活は運動場の一番日があたるところで挨拶。ちょうど反対側で挨拶をしようとしていた野球部とタイミングが揃った。

全員がふき出す。結局もう一度挨拶。

先輩たちが一気に抜けたこの部は少し寂しい。あまりにも広い草原に虫が16匹しかいないのと同じことだ。


夜。家の夕ご飯は普通の家庭よりずっと早いらしい。帰ってきた5時か5時半に食べ始め、風呂は私からで出るのは大体7時くらい。


濡れた髪をうっとおしそうに乾かす姉をみながら、そういやと思い出した。なんとなく誰にも見られたくなくて、階段の電気をつけて座り込む。私が持っているのはあの本。秘かに”コノちゃん”と名前をつけていた。バカバカしいことはわかっている・・・周りを気にしながら、不安と期待の源をあける。


数秒後、私は目を見開いた。

〈ねえ、今日はどうだった?楽しかった?〉

昼休み読み進めた部分から先は、その一文だけ。5行分くらいの空白があって、その先を読むことはできなかった。


目の前のリビングのドアノブをまわす音がした。じとっとした空気の中に、ひんやりした空気が開いた隙間から流れてくる。サッと本を閉じ、一緒に持ってきていた本で蓋をする。

「あら。ミヨリ、そんなところで暑いでしょう。勉強するのはいいけど、部屋ん中入りなさい。」

お母さんは優しいけど、首を振る。今はここで良い、と。

「用事が終わったらこっち来るのよ。ちゃんと水分とって。」

「うん。あとで行く。」

すぐに冷たい空気は途絶え、もとの空間にもどった。

ふう、と息を吐く。こんなことがあろうかと、教科書とボールペンを持ってきて良かった。問題集も。


〈ねえ、今日はどうだった?楽しかった?〉

ふと、考えが頭をよぎった。

もう一度見つめ、なんのことはない、勘でこの本に・・・書き込んだ。

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