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そうか。声楽部の友人たちとの久々の対面を喜んでいた私は、そうとは悟られないようにちらりと久慈岡のほうを見た。そうだった。だから久慈岡は、見た目にとてもこだわったのだ。
久慈岡はクラスで仲が良かった子となにやら楽しそうに話している。その途中で、久慈岡よりさらに背の高い女子が彼女に覆いかぶさるように後ろから抱き着いた。「きゃー久しぶりーっ!」という甲高い声が聞こえたような気がするが、周りの喧騒のせいでよくわからない。女子特有のパーソナルスペースの狭さを、久慈岡は久慈岡なりにとても楽しんでいるようだった。
「久慈岡~っ」
それは身構えろという合図に聞こえた。自分が会話の中心になっているときじゃなくてよかった。そうでなければ、きっと変に間が空いて「小柴ちゃん?」と周りに心配をかけていただろう。
周囲の喧騒のせいで、それはほとんどこちらには聞こえない。久慈岡のいる位置に届くかどうかも微妙な声だ。しかし、久慈岡が彼女の声に神経を尖らせていたならば、きっと気付いてしまう。
幸いにも、それは久慈岡と話しているメンバーの耳には届かなかった。そして久慈岡本人は、
「小柴ちゃん?」
「えっ」
話していなくとも、上の空な状態はバレるものだ。友人に意識を引き戻された私は「聞いてるー?」と怒られ、そして曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
久慈岡本人は振り向かなかった。無視しているようには見えなかったが、本当に聞こえなかったのだろうか。相変わらずクラスの友人たちと楽しそうに談笑している。なにも心配事なんてないみたいだ。
久慈岡を呼ぶ声は数度めの挑戦ののちにようやく止み、私はやっとこわばった肩肘を緩めることができた。最後に「なにあいつ」という小さな捨て台詞が聞こえたような気がする。神経を尖らせまくっているのは私だった。
宴もたけなわという頃合いにクラス会はお開きになった。夕方から始まった会はあらかじめ二次会の存在を見越していたようで、それぞれ仲がよかったグループに分かれて会場をあとにしていく。
「ねえ久慈岡」
久慈岡が話しかけられたのはそんなときだった。例の彼女。私も勝手に苦手がっているあいつ。横にもうひとり仲間を引き連れている。久慈岡はそのとき、会の最中ずっと話していた友人ふたりと私とで、どこか適当な店でゆっくりしようと話し合っていたところだった。
「吹部で二次会あるのに、来ないの?」
まともに接触するのは一年半ぶりのはずだ。久慈岡は一瞬大きく目を見開くと、うーんと困ったような笑みを浮かべた。
「先約があるんだよね」
それを聞いた相手はわかりやすく顔をしかめると、隣の子と顔を見合わせた。
「さっき無視したでしょ。あれなんなの」
脈絡なくズバッと来るなあ、と思わず感心する。久慈岡はわざとらしく首を傾げると、私や友人たちに「聞こえた?」と尋ねてきた。ここで「私は聞こえたぞ」と名乗りをあげるほど、空気が読めないわけでも根性が腐っているわけでもない私は、その他数名の友人たちと一緒に首を横に振った。
「聞こえなかったって。っていうか、話しかけたかったんなら、聞こえるところまで来ればよかったのに」
久慈岡からの思わぬカウンターに先方はたじろいだ。確かに正論だ。私だってそのくらいの意気でなければ人に話しかけてほしくない。さすがにそれは言い過ぎだけど。
しかし、遠くから呼ばれるだけ呼ばれて笑われた経験を持つ久慈岡が言うと、非常に説得力が生まれるパンチだなと純粋に思う。
「……ってかさ、クラス会の最中、周り見渡してるときに何回か目が合ったよね? めっちゃ逸らされたんだけど」
話を変えた相手に対しても、久慈岡はひるまない。
「やだ、そんな人は何人もいるよ。特に仲良くなかった人とか、目が合っても困るじゃない?」
これも正論だ。そして言外に「お前は友達じゃねーよ」と暴言を吐いている。どうしたんだ久慈岡。いつからそんなにアグレッシブになったんだ久慈岡。
相手は少なからず衝撃を受けているようだ。高校時代の久慈岡は基本的になにを言っても付き従っていただろうし、そんな彼女はきっと都合のいい友達に映っていたのだろう。
「ねえ」
久慈岡はふわりと笑ってみせた。しかし、見下ろす目だけは確かに強い輝きを放って相手をしっかりと見据えていた。
「今日の格好、可愛いね。今初めてまともに見たよ」
ここだけの話、私も高校の頃は久慈岡にあのイヤリングが似合っているとは思えなかった。
しかしそれは、当時の彼女にはイヤリングに匹敵するほどの強い輝きがなかったからかもしれない。
紛うかたなく彼女は強者で、傍目にも強そうに見えた。
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