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秋雨前線は空気を読んでくれないらしく、クラス会当日はひどい雨に見舞われた。美容院でセットした髪をビニール傘で死守しながら都内の会場に向かうと、すでに懐かしい顔ぶれが揃っていた。髪色が変わったり化粧が濃くなっていたりしていることを除けば男子も女子もまだあまり変わっておらず、結婚や妊娠をしたという報告もさすがに入ってこなかった。しかし、元クラスメイトたちの着飾ったきらびやかな姿を見ていると、やはり大人になったのだなと感慨にふけらずにはいられない。手に持ったグラスに注がれている酒もその一因だろう。
「小柴」
懐かしさもへったくれもない声に振り返る。いつのまにか久慈岡が後ろに立っており、少しだけ不安そうに私を盾にしていた。
「可愛いじゃん」
挨拶もそこそこにとりあえず容姿を褒める。こうでもしないといつまでも背中に張り付いていそうな気がしたし、実際に久慈岡の格好はそれなりに決まっていた。藤色のパーティドレスに、一緒に買った白いピンヒール、アップにした髪の毛、高校の頃から大切にしている紫色のイヤリング。いつもは適当にしている化粧も、今日はプロに頼んだのかばっちりだ。
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
「強そう?」
「強そう強そう」
うんうんと頷きながら返すと、ようやく久慈岡の顔がやわらいだ。背筋をしゃんと伸ばし、「ありがとう。小柴もだよ」と賛辞を返しながらグラスを差し出す。私は黄色くて背中側のウエストにリボンがついたドレスだ。
私は同じグラスで応えて乾杯しながら、久慈岡を大げさに見上げてみせた。
「そんなにこそこそしたって意味ないよ。あんた今日一七二センチあるんだから」
「八センチで景色って変わるんだなと思ったよ。ついでに足の疲れ具合も」
久慈岡は靴を片方脱いで、周りの人、主に男子に気付かれないようこっそり足の甲を伸ばした。こういうところがいつもの久慈岡だなと思う。
「おー、久慈岡と小柴じゃん」
不意に声を掛けられ、私は振り向き、久慈岡はすぽっと足をしまった。グラスを掲げながら話しかけてきたのはひとりの男子で、久慈岡と同じ吹奏楽部だった男子だ。
「久しぶり」
無難に返すと「ここ着いてからそればっか言われてる」とその男子は笑った。実際に久しぶりなのだから勘弁してほしい。
「大友くん」
「久慈岡も元気そうじゃん。大学でなに専攻してるんだっけ?」
私の影から一歩外に出た久慈岡が声を発すると、大友と呼ばれたその男子も笑顔で受け応える。同じ部活だったということもあり、久慈岡とはそれなりに仲が良かった憶えがある。
「そういえば、向こうで吹部女子が集まって写真撮ってたぞ」
大友の言葉に、久慈岡の頬がひくりと動いたのがわかった。それは至近距離で見なければわからないほどの反応だったが、確かに、久慈岡の思考が嫌な方向に動いてしまったのを視認してしまった。
「――でも、私上手くなかったし」
「上手さって関係あんの? 三年間一緒に頑張ってたんだし、一緒に撮ればいいじゃん」
「んー」
久慈岡は困ったように眉を下げると、一瞬の逡巡ののち「男子は撮らないの?」と首を傾げてみせた。すると大友は「いっけね」と言い残して、吹奏楽部男子が集って写真を撮らんとしている輪に加わりに行った。久慈岡はこれに気付いていたに違いない。
「久慈岡……」
恐る恐る見上げると、彼女は「ん?」と言いたげにこちらを見下ろした。いつもより大きく開いた身長差は、わずかながら久慈岡の顔に影を生み出していた。
「……」
「小柴は声楽部の友達に会ってこなくていいの?」
黙っていたら久慈岡に先制されてしまった。うちのクラスの声楽部は私を含めて五人。みんなに挨拶してきたいところではある。
「大丈夫なの?」
「大丈夫」
会場に到着した当初とは裏腹に、その声は堂々としているように聞こえた。
「『強そう』って言ってくれたからね」
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