1-7 『絶体絶命』

「今のは?!」


 目の前には、高出力のレーザー砲を備えた蜘蛛型ロボット。


 威力は、壁に空いたクレーターをみれば一目瞭然。

 直撃していたら、灰すらも残らなかっただろう。


 それこそ紙に火を近づけたときのように、文字通り一瞬で消し炭になっていたに違いない。


 呆気に取られながらも、私はなんとか正気を取り戻す。


「アンナ、逃げるよ!」


 しかし、返事は予想だにしないものだった。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯許さない」


「⋯⋯えっ?」


「許さない許さない許さない許さない⋯⋯⋯⋯許さないッ!」


 そのときのアンナは、これまでに見たこともないような、ひどい表情をしていた。


 殺気の入った目、引き攣ったような表情筋。

 まるで、何かに憑かれているかのような。


「アンナ!」


「⋯⋯下がってて。傷ひとつ付けさせないから」


「⋯⋯⋯⋯っ」


 アンナは鉄パイプを握り直すと、ロボット目掛けて飛びかかる。


「おりゃああああああああ!」


 一瞬でロボットとの距離を縮めると、ロボット目掛けて鉄パイプを振り下ろす。


 しかし渾身の一撃は、ひらりと後ろにかわされた。


「⋯⋯っ?!」


 鉄パイプが地面に当たり、金属音が通路いっぱいに響く。


 その隙に、ロボットはヤモリのように壁をよじ登って、天井に陣取った。


「この、虫けらが⋯⋯っ。生意気な!」


 アンナは助走をつけて壁に飛びかかり、壁に突き出ていたフックに指をかける。


 そして、押しボタン式の火災報知器のランプを踏み台にして、今度は天井向けて大きくジャンプした。


「うりゃあああああああああ!」


 天井の蛍光灯に手をかけると、振り子のように体を大きく揺らす。


 そして、勢いそのまま前方へ、ロボットのへばりついた前方へと飛びかかった。


 だけど——、届かない。

 渾身の力で鉄パイプを振り回しても、ギリギリで届かなかった。


 そして、ロボットの方もその隙を見逃さなかった。


「⋯⋯⋯⋯っ!」


 体勢の崩れ。

 ロボットに組みつこうと前傾姿勢になったことによって、アンナは空中でバランスを崩す。


 ほんの小さな隙だったが、致命的だった。


「あ、危ないっ!」


 ロボットの背中にレーザー砲が、青々と輝く。

 距離が離れててもわかる。照準は、ぴったりアンナの方を向いていた。


「⋯⋯くっ!」


 アンナは慌てて避けようとするも、即座に発射されたレーザーから逃れられず直撃を喰らう。


 咄嗟に腕で庇う判断はよかったものの、左の肘から先が大きく吹き飛ばされた。


「あ゛あ゛っ!」


 そして、そのまま自由落下。


 アンナは受け身も取れず、地面に打ち付けられた。


「アンナ!」


 呼びかけるも、反応なない。


「くっ⋯⋯アンナ!」


 思わずアンナのもとに駆け寄ろうとする。

 するとアンナが、大声で叫んだ。


「来ないで!」


「⋯⋯⋯⋯え?」


「死にたくなかったら、来ないで。

 アタシはホラ、さ。少し骨にひびが入ったくらいならさ、交換でき⋯⋯⋯⋯うう゛っ!」


 アンナは、苦しそうに体をよじる。

 吹き飛ばされた腕から剥き出しになっている金属質の骨の間から、銅色の血液がどろどろと流れ落ちた。


「だからさ、逃げて。コイツは多分、音で周りを認識できてないから。

 こっそり離れれば、レイレイのことは気づかないだろうし。

 なんならそこでうずくまっていれば、きっと見つからなくて済む、から⋯⋯っ」


 天井を見上げると、まだあのロボットは天井に張り付いていた。

 だけど、たしかに私たちを見失っているらしく必死にレーザー砲を一周360˚回転させている。


「⋯⋯⋯⋯っ、でも」


「いいからさ、逃げてよ。

 アタシが原因でまた人を死なせたってなったら、きっともう、自分が嫌になっちゃうから、ね?」


「それは——」


 私だって、そうだ。

 きっとここでアンナを見捨てたら、きっと一生後悔する。


 ならどうする?

 今ここでアンナに近寄るのは、きっと自殺行為だ。


 ほんの少しの間、恐る恐るロボットを観察する。


 やっぱり、私もアンナのことも攻撃しようとはしない。

 どうして?


 今までのことを思い出しつつ、頭をフル回転させる。


 少なくとも、今の状況から考えて、生死や怪我の度合いを見て攻撃を加えている様子もない。


 なら、どうやって敵を見分けているのか。


 ——もしかして。


 ふと、頭の中に一つの仮説が浮かんだ。


 もしかして、『動いているモノ』だけを闇雲に攻撃しているんじゃないだろうか。


 そう思う理由はいくつかある。


 まず、最初に攻撃されたときに私たちが歩いていたこと。


 アンナに突き飛ばされてからずっと、うつ伏せ状態の私に一切攻撃しないこと。


 そして、負傷して動けないアンナにも攻撃しないこと。



 もしこの仮定が正しければ、今ここで大きな動きをするのは自殺行為だ。

 様子を見るために立ち上がっただけでも、攻撃される危険が跳ね上がる可能性もある。


 だからといって、危険を冒してエレベーターまで逃げ込むのが完全に不可能かと言われると、微妙だ。


 荷物を全て置いて身軽な状態なら、走れば数歩でエレベーターまで行けると思う。

 当然、エレベーターのドアが開くまでの時間に攻撃されれば、死ぬ可能性は十分にあるんだけど。


 でもその場合、怪我を負っているアンナを放置していかなければならない。

 左肘から先を失ったアンナを、だ。


 アンナにとって、骨は交換すればいいだけのパーツの一部かもしれない。

 でも、血液は?流れ出たものを追加で入れずに、生きていけるのか。


 それに村まで助けを求めるとしても、今来た道を逆走するとなると時間がかかりすぎる。


 その間に、万が一にもアンナが殺されたりしたら?

 私の予想が間違っていて、いない間にアンナがやられてしまったら?


 洒落にもならない。


 それならいっそ、あのロボットを倒すか。

 正気な判断じゃないかもしれないけど、それで二人が助かるなら。


 どうせ何もかも失った身だ。

 万が一にかけてみるのも、悪くないさ。


 私は体を大きく動かさないように気をつけつつ、リュックを腹の方に回す。

 蓋を開けると、一番上にタオルに包んでおいたレーザー銃が出てきた。


 コイツで、あのロボットを無力化できるなら。


 せめてあのレーザー砲が使えないようにできるだけでもいい。

 あれだけ封じれば、アンナを引きずってでもここから離れることができる。


 だけど、肝心の銃の心得の方はない。


 覚えている限りでは、ゲームの中で撃ったことくらいしかなかったはずだ。


 たしか、小学校かそこらくらいであった、某ファミリーゲーム詰め合わせの中の射撃ゲーム。

 父さんが異常にうまかったやつ。


 そして、家族の中では私がダントツでヘボかったやつ。


 そのときだって、別に銃を向けたわけでもなく、リモコンを振り回したりして遊んだだけだ。

 こんな生々しい形のものを触ったわけじゃない。


 でも、やるしかない。


 安全装置のレバーを下げて、銃に


 ——火を、入れる?


 いや待て、火を入れるってなんだ。

 思わず頭の中に浮かんだけど、『スイッチを入れる』でもなく、実に変な表現だ。


 でも、なぜだろう。

 昔、そんなことを言われた気がする。


 誰から言われたかは全く思い出せない。

 それが何かの冗談で言われたことだったのかは思い出せないけど、でもそれは確かに、こんなレーザー式拳銃を触ったときに言われたこと——だったと思う。


 なら、信じるしかない。


 そのときの私が、果たしてその銃を撃ったのかはわかんないけど。


 でも、もしかしたらと思えるだけで、少しだけ気が軽くなった気がした。


 銃を向ける。照準は、レーザー砲。


 あとは引き金に指を添えて、優しく引くだけ。


 すっ、と息を吸う。そしてそのまま息を止めた。


 ——当たれ。


 心の中で祈りながら、引き金を引く。

 パシュッ、と軽い音がする。反動はない。


 レーザーが当たったのは、少し狙いがそれてロボットの右前脚だった。

 壊れた足が、だらんと垂れ下がる。


 でも、それで十分だった。


 六本の足のうち、一脚でも失えばあの重い図体を天井に支えるのは難しい。


 壊れた足を基点にロボットの体勢が乱れ始め、他の足に負荷がかかる。

 無理にでも支えようとするも、ミシミシと音を立てて今にも折れそうになっていた。


 もう一発。今度は胴体に命中。


 左中央脚がいうことを聞かなくなり、ロボットは腹を上に向けたまま地面に落下する。

 背中側についていたレーザー砲は衝撃で押し潰され、ロボットは仰向けのまま脚部をカタカタと動かす。


 その姿は、地面に落ちた蝉が最期のときを一秒でも遠ざけようと足掻いているのに似ていた気がした。


 そして、ロボットは動作を停止した。


 数秒待っても、ロボットはぴくりとも動かなかった。


「⋯⋯はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯⋯⋯や、やった」


 銃を下ろし、立ち上がる。


 アドレナリンが全身に噴き出て、心臓がバクバクと鼓動を打つ。


 ふらふらとするけど、今はそれどころじゃない。


「アンナ、アンナ!」


 開いたままのカバンから救急バッグを掴むと、通路を走った。

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