1-6 『ひもなしバンジージャンプ』
「なんでその、吊るすためのロープが一本もないの?」
「⋯⋯⋯⋯えっ?」
慌てて窓からエレベーターを見下ろす。
言われてみればたしかに、ロープもケーブルもない。
「⋯⋯⋯⋯本当だ」
ロープがないエレベーター、か。
でも、見たところ問題なく動いてるみたいだし。
「ねえ、アンナ?今までに回収したものの中に、自動で浮遊するものみたいなのはあった?」
「ん、鳥みたいなのってこと?
そんなのあるわけないじゃんやだなーもー」
ニヤニヤと揶揄うアンナをスルーしつつ、考えを巡らす。
それなら、エレベーターを下から棒みたいなので支えて、それを上下させることで動かしてるって考えの方が近いのかな。
そんなのが現実問題あるのかは知らないけど。
それに、わざわざ普通じゃないエレベーターを設置した理由ってなんだろう。
何かメリットがあってのことなんだろうけど。
「アンナ、もう一度さっきのスイッチ押して?」
「へいへーい」
しばらく待つと、エレベーターが再び浮上してくる。
やっぱり動作自体に不自然なものは見られない。
「んで、乗れるの?」
「うーん。乗れる、とは思うけど⋯⋯」
いまいち踏ん切りがつかない。
よくよく考えてみたら、下の階に降りた後でエレベーターが仮に動かなくなったら、帰る方法もなく地下に閉じ込められるのが確定してしまうわけだ。
普通に考えて、階段のない建築物自体が色々とアウトな気もする。
建築基準法とか。
いや、そもそもこんな地下空間自体に
それでも突っ込ませて欲しい。階段くらい別に作れし。
そうこう考えていると、アンナが口を開いた。
「わかった。アタシ一人で行ってくる」
「⋯⋯⋯⋯えぇ?」
思わず、変な声が出てしまった。
「いやあの、聞いてたよね?閉じ込められるかもしれないんだよ?
生きて帰れないかもしれないんだよ?」
「うん、聞いてた。まーでも、アタシそういうのへっちゃらだし」
アンナはヘラヘラと笑って平気そうに言う。
「なんならさ、ほら。嫌ならアタシ一人で行ってくるから。
自分のわがままでさ、レイレイを巻き込んじゃうわけにもいかないし」
そう言い切るアンナの手は、震えている。
——怖い。怖いよ。
そんな声が聞こえてくるかのようだ。
バカで鈍感な私でもわかる。
アンナが、無理してでも笑っていることに。
じゃあ、どうして無理して笑っているんだろう。
私に心配させないように?
じゃあ逆に、なんで下の階に降りる必要があるんだろう。
「それって、ここまでの探索結果じゃまだ足りないから?」
「⋯⋯え?」
「いやあの、下の階に降りようと思った理由。
回収屋の仕事的に、もう少し潜りたいのかなと思って」
「⋯⋯⋯⋯う、うん!そんなとこ」
アンナの返事には、少しの間があった。
——嘘だ。多分。
なら、問い詰めてみるか。
問い詰めてみれば、きっと困った顔くらいはするんだろう。
でも、だからといって素直に話してくれそうだとはとても思えない。
なら、もう少し粘って引き止めてみるか。
いや、無駄だろう。
引き止めたところで、きっと勝手に下へ行ってしまう気がする。
なら、嘘をついたことを言い訳にアンナを置き去りにするか。
——置き去り、か。なんと人聞きの悪い。
上の階に待機して、なんかあったら村まで助けを呼んでくるだけでも最低限やることはやったと言えるんじゃないか。
だけど、どうしても嫌だった。
アンナを置き去りにするのだけは、どうしても嫌だった。
恩人だから?違う。
長老に頼まれたから?それも違う。
なら何か。そんなのわかっている。
答えはもっと不純で、きっと、もっと単純なものだ。
罪悪感。人ひとりを見捨ててしまうという、罪悪感。
きっとアンナが帰ってこなかったら、きっと立ち直れないだろうと認めてしまうような、罪悪感。
それ以外になにもないかと言われると、今は自信を持って頷くことはできない。
でも、他になにかあるかと聞かれたら、逆にそれしかないような気もしてくる。
「⋯⋯わかった。アンナが行くなら、私も行くよ」
「へ、どうして?アタシ一人で行けばスッパリ解決だったんじゃないの?」
きょとんとした顔のアンナを見て、私はやれやれと首を振る。
「いや、それはないでしょ」
「⋯⋯なんで?」
「無鉄砲。考えなしに動きすぎ」
「え、えぇ?!」
「脳筋、準備不足、そのくせ臆病。
第一、帰りどうやってエレベーターを操作するか、わかってるんです?」
「え、いや、そのー⋯⋯。テキトーにポチポチ弄ってたら帰ってこれるかなーって。
それでダメなら⋯⋯ええっとぉ⋯⋯」
いやその、確かに言ってることは間違ってないんだけど。
実際、ここと下の階くらいしか行き先ないし。
ボタンを押しまくれば帰ってこれるのは事実なんだけど。
「⋯⋯とりあえず殴って壊す?」
あっはい、アウト。完っ全にアウト。バッターチェンジ。通り越して一発退場。
私が審判ならレッドカード渡して即刻追い出すわ。
「というわけで、私も行きます。ほら、行きますよ?」
そう言って、アンナの手を無理に引き寄せる。
「あ⋯⋯⋯⋯っ」
違う
「やっぱ怖がってたんじゃないですか。まったく、強がって」
「⋯⋯⋯⋯別に」
「はい?」
「いーじゃん別に。さっきまでワンワン泣いてたのは一体だれでしたっけー」
「なっ⋯⋯⋯⋯!」
私の顔が、みるみるうちに熱くなっていく。
「⋯⋯ありがと、レイレイ」
「ん、今なんて?」
「いや、なんでも。行こっか、次の階へ」
「うん、行こう」
ボタンを押すと、扉が開く。
次に降りた先は、最期のフロアだ。
*
——ポーン。と、到着を知らせるチャイムが鳴る。
扉が開くと、これまでの階とは様子が違っていた。
「⋯⋯きれい」
アンナが呟く。
だけどそれは私にとっては、、どっちかと言うと日常の光景だった。
白っぽい塗装が施された天井と壁。
当然多少の汚れはあっても、私のいた時代からすれば『生活感』で片付く程度のものだ。
床は、病院の待合室であるような抗菌タイル。
こっちは、定期的に掃除されていたんじゃないかと思うくらいきれいだった。
天井には蛍光灯のようなものがついているが、棒状のLED灯かもしれない。
今はそんなことどうでもいいんだけど。
だけど一番不思議なのは、アンナの言葉を借りるなら、あの『遺跡』と呼べる地下の最深部に、どうしてこんな綺麗な部屋が残っているかだ。
そんなんじゃきっと言い表せないから、もっと雑な言葉にしよう。
この部屋を普通の建物の部屋とするなら、これまで歩いていたのは『地下壕』か『坑道』だ。
それも第二次世界大戦あたりのドラマとかで見るレベルの。
「こんなきれいな場所なんて、初めてだよ⋯⋯」
逆にアンナの反応が、お上りさんみたいな初々しさを感じて可愛い。
本人には言えないけど
なら問題は、どうしてこの部屋だけ清潔に保たれているか。
私以外の生存者か?
——有り得そう。誰かが清掃しているとか。
とりあえず、床を触ってみても砂埃が少ない点から、誰かがいてもおかしくない。
というより、じゃないと奇妙だ。
じゃあ。じゃあ一体、誰が。
その疑問を抱くよりも先に、私はアンナに体当たりで突き飛ばされた。
「危ないっ!」
ひらり、と体が浮く。
「ちょっ?!」
直後、顔面スレスレを光の束が駆け抜ける。
遅れて、ズドンという音が響く。爆風が吹き荒れ、振り返ると壁に大きなクレーターが空いていた。
通路の奥から、ガシャン、ガシャンと八つ足の蜘蛛型ロボットが出てくる。
背中に乗せられたレーザー砲からは、白い煙が上がっていた。
一眼見ただけでわかる。ああこれ、終わったなと。
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