1-5 『結局のところ、使えるかどうか』
「⋯⋯おわった?」
「うん。ありがと」
霊安室。黒い袋で包まれた亡骸が安置されている場所。
換気設備がまだ十分に機能しているからか、袋の中身を覗いてみるまで匂いはそこまで気にならなかった。
無くなった記憶を取り戻せるかとアンナの付き添いのもとで一番手前の袋を少しだけ開けてみたけど、中身は白骨化していて誰のものか判別できそうになかった。
祈るために合わせていた手をほどく。
膝で座っていたために膝についた砂を払い落とすと、部屋をあとにした。
「トラップは大丈夫そう?」
「まーね。見たとこ単純だし。殴れば壊れるよ」
「そりゃあね。そんだけ力ずくで殴れば壊れないモノなんてないでしょ」
実際、アンナが破壊したものは見るも無残なレベルで粉々になるのがほとんどだ。
それこそトラップが逆に可愛そうになるくらい。
「まーね。そんで、あの部屋は?」
「えーと、制御室?」
「ふーん。いいモノありそう?」
「どーだろ。冷凍睡眠室のあとの、仮眠室よりかはありそうだけど」
「あー⋯⋯あの壊れたベッドで散らかってた部屋かー」
アンナの声に、すこしがっかり感が混じってた気がした。
「ただ、これだけ大きな地下施設だと重要な部屋になるかもしれない。
念のため、部屋に入る時は注意してね」
「りょーかい。ならアタシが先に入って調べるわ。たのもーっ!」
どこでそんな知識を得たのかは知らんが、アンナはドアを蹴り開けて道場破りのように大声をあげる。
そんな大声を出してトラップが反応しても知らんぞと言いたいが、多分そんなの関係なくぶっ壊す気なんだろう。
むちゃくちゃだけど、少なくともアンナならやりかねないと信じてしまっている自分がいる。
⋯⋯悔しいけど。
「問題なーし。レイレイ、入って大丈夫そうだよ」
「りょーかい。ありがと。⋯⋯って暗っ!」
電気をつけてから部屋に入る。
てっきり、トラップの確認のために部屋の中は明るいのかと思ってた。
「ん?そりゃーだって廊下から光入ってるし。十分明るいっしょ。
それで?なんか面白そうなものある?」
「うーん、どうだろ。アレとか?」
部屋の反対側の壁に、大量のモニターが並んでいる。
さらに三台、上面に大量のスイッチの並んだ操作パネルが置かれていた。
「あれって、どっち?テレビの方?
それとも変なのが並んでる机?」
「強いて言えば両方だけど⋯⋯」
なんだいそのテレビと机って。結構高価な物なのに。
だけどアンナはどこかご機嫌斜めだった。
「うーん、なんというか、びみょー⋯⋯」
「微妙⋯⋯って、どっちも高い物なんだけど?」
「ううーん。それはそうかもしれないんだけどさぁ、テレビは割るくらいしかやることないし、机については動かせないし。どっちもぶっちゃけ微妙」
——そっか。そういうことか。
この時代の判断基準だと、第一優先は『使えるか』なのか。
テレビ、いやモニターは映せるものがない時点でただのガラクタ。
机は持ち帰れるかどうかが重要で、それ以外は二の次。
そりゃそうだ、回収屋だもん。
「お、いいのミッケ。これ結構使えそうじゃーん」
そう言ってアンナが手に取ったのは、銃だった。ハンドガン、拳銃だ。
普段テレビとかゲームとかで見る真っ黒なやつじゃなくて、SFとかで見かけるような青色の線の入った妙に新しいデザインのやつ。
「あげるよ。アタシ使い慣れてないし」
「⋯⋯いやいや、私も使ったことないよ?」
「ならアタシと同じ。ほら、鉄パイプと銃を同時に使うのとか無理だし」
「そっか。なら預かっておくけど⋯⋯。それで、弾は?」
「ん?レーザーだよ。弾を込めるヤツは、大抵錆びてて使い物にならないって長老が言ってた。
それに弾を探すのも手間だし」
「でもレーザーも有限じゃないでしょ?」
ふと昔持ってたスマホを思い出す。
電気製品なんて充電が切れればただのガラクタ以下だ。
そのくせスマホは一日で落ちるし。
「⋯⋯⋯⋯そうなん?」
想定外、という顔で聞き返してくる。
「いやそうでしょ。というか実際に使ってた人、見たことないの?」
「いやある。結構ある。あー確かなんか言ってたっけなー⋯⋯」
アンナはうぬぬぬ、と頭を抱える。
ふと思いついたようにキョロキョロと辺りを見回すと、床から何かを拾った。
「そ。確かこんな感じの紐みたいなの繋いでた」
黒い紐、なるほど。
片側に見慣れた家庭用コンセントのプラグで、もう片側は丸型のプラグがついた紐。
つまり、ごく見慣れた充電ケーブル。
正直錆びてて使いたくもないけど、少なくとも穴の形は合ってるみたい。
「で、どうなの?使えそう?」
「⋯⋯保留で」
銃口を誰もいない壁の方に向けてから、安全装置のようなものをOFFに合わせる。
引き金を引いて発射されないことを確かめてから、とりあえずタオルに包んで充電器と一緒にリュックにしまうことにした。
「んで、レイレイ。他になんか調べたいのある?」
周りをキョロキョロと見回していた私のことを察してか、アンナが聞いてくる。
「ちょっと時間かかるかもだけど、いい?」
「んー、その間にもう少し先の方まで歩いているかもだけど、大丈夫?」
「うん。安全さえ確保しておいてくれれば、あとから追いつくから」
「りょーかい。じゃあまたあとで〜」
アンナは鉄パイプを担ぎ直すと、部屋の出口付近で私に手を振る。
手を振り返すと、スタスタと通路を走っていってしまった。
「⋯⋯さて、と」
改めて部屋を見渡すが、色々と不思議な点がある。
まず、なんでモニターがいっぱいあるのか。
さっきのフラッシュバックが過去に本当に起こったことなら、何か襲撃を恐れて監視カメラのようなものをつけていたのだろうと思う。
なら制御パネルは何を制御しているのか。
直感的にも、監視カメラの制御装置はないとおかしい気がする。
とりあえず手当たり次第にパネルを見ていくと、予想通り監視カメラの切り替えスイッチのようなものがあった。
どうやら各階ごとにボタンがまとまって配置されているらしく、リビングや食料庫のボタンがひとまとめになっていた。
この階を仮にB1Fとすると、冷凍睡眠室のあったB2F、霊安室と制御室のあるB3F。
あと他に、『セーフルーム』という名目で三つほどスイッチがあるが、多分これがB4F。
つまり、地下にもう一フロアあると考えていいっぽい。
ついでにカメラの切り替えボタンをいくつか押してみたが、モニターに変化はなかった。
他には各部屋の電源供給を遮断するスイッチ、防火装置関連の配電盤、ダクトに放送設備。
色々あったが、何よりも一番気になったのは『エレベーター』の制御パネルだった。
——エレベーター、どこかにあったっけ。
試しにつまみを『運転』にしてみるが、やはり反応がない。
乗れるかはわかんないけど、見つけたらあとで試してみるか。
とりあえず、調べられるところはこれだけか。
そう思って部屋をあとにしようとしたときだった。
「レイレイ!レイレ〜イ!」
バタバタと通路の先の方からアンナが走ってきた。
「ちょ、ちょっとあのあのね?い、いま突然、なんか光ったんだけど?」
息切らしながらアンナはしどろもどろに言う。
「えーと、なにが起こったの?」
「い、いやその、急に壁が光ったんだよ!」
「⋯⋯壁が?」
コクコク、と頷く。
いまいち要領を得ない説明に、あまりピンとこない。
「と、とりあえず来てくれればわかるから!」
「うーん、あまり気はすすまないんだけど⋯⋯」
そう言いながらも若干興味を持ってしまっている自分がちょっと悔しい。
あのアンナがここまで興奮するのはなんだろう、と。
「じゃ、じゃあアタシ先に行ってるから。あとからついてきて!」
そう言って駆け足でアンナは飛び出していく。
走ってもしょうがないかと後ろから徒歩でついていくと、通路の行き止まりまで着いた。
「もう、おっそいなーまったく」
先に着いて私を待っていたアンナが頬を膨らませながら言う。
「ごめんって。⋯⋯それで、ええと⋯⋯これか」
アンナの目線の先を追えば、答えはあっさり見つかった。
両開きの窓付きの扉の右脇に、下向きの三角が描かれたボタンが配置されていて。
扉の上には、現在どの位置に止まっているかを示すランプが灯っている。
つまりは、エレベーターだ。
「さっきまで消えてたの?」
「う、うん。開かないから鉄パイプで殴ってたんだけど、そしたら急に⋯⋯」
⋯⋯なるほど。多分さっきつまみを捻ったときだ。
運転側に切り替えたから、動いたと。
そのことを伝えると、アンナはほっとしたようにため息を漏らした。
どうやら何か罠を発動させたか不安になったらしい。
アンナらしいと言われればそうだけど。
「とするとレイレイ、これは上や下の階に移動するための機械なんだよね?」
「うん。あまり使いたくないけど」
「どーして?楽じゃん、階段使わなくていいんだったら」
「普段なら楽なんだけど、万が一壊れてたら閉じ込められちゃうから。
それに、乗る部分は基本ロープで吊るされているから、切れるとそのまま真っ逆さまだし」
「うっわ、なるほど。ますます乗りたくなくなったわ」
そう言いながらもどこかアンナは、遊園地で身長制限に引っかかった子供のように乗りたそうな目をしていたのだけど。
「それで、他に階段とかはなかったの?」
「ん、なかったよ。ここに来るまで全ての部屋を調べたけど、階段はなかったよ」
「⋯⋯そっか」
とすると、ここの下に降りるにはこのエレベーターしかない、と。
「どしたの?まだ調べられる場所あるん?」
「うん。この下にもう一階あるっぽいんだけど、エレベーターしかダメっぽい」
「ふーん。じゃあ乗ってみようよ?」
「⋯⋯テストしてからね。閉じ込められたら洒落にならないし」
とりあえず下の階のボタンを押す。
すると窓越しに、エレベーターが下から上がってくるのが見えた。
「お、来た来た」
上がってくる分には問題なし。
荷物を乗せて試してみたいけど、こんなことで大切な食料を失うのは馬鹿らしい。
「それじゃあアンナ、私が戻ってくるまでこのボタン押し続けてて?」
「ん、わかった」
アンナがエレベーターの呼び出しボタンを押しっぱなしにしてくれているのを確認すると、慎重にエレベーター内に乗り込む。
エレベーター内部は照明・内装ともに極端に劣化した様子はなかった。
床が急に抜けて下に真っ逆さまに落ちるとか、某隠し芸大会もビックリなこともなさそうで安心する。
行き先ボタンを確認する。ざっと見たところではボタンが破壊されている様子もない。
むしろ、思ってたよりもきれいに残っている。
どうやらこのエレベーターで行けるのは、ここより下に一階分だけみたいだ。
ついでに地上まで行ければ楽なのに。
とりあえず下の階のボタンを押して、エレベーターから出る。
「もうボタンから手を離していい?」
「うん、ありがとう」
手を離すと、ドアが閉まりエレベーターは下に降りていく。
異常がないか確認するために窓から覗き込むと、アンナも私にくっつくようにして覗き込む。
「ねえ、レイレイ。さっきの話だと、乗る部分ってロープみたいなので吊るされてるんだよね?」
「うん、そうだけど」
「じゃあさ。なんでその、吊るすためのロープが一本もないの?」
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