1-4 『眠り姫』

「さて、ここがその部屋だね」


 階段を降りて二部屋目。まだ通路の明かりは灯っているが、電気とかどうしてるんだろう。


「ここがさっきレイレイが閉じ込められてた部屋だけど。レイレイ、読める?」


「あの表札ね、えーと。⋯⋯⋯⋯っ!」


 ——冷凍睡眠室。冷凍睡眠。つまり、いわゆるコールドスリープ。


 SF展開で、コールドスリープ。


 ああ、そういうことか。

 自分の中で、全てが一つにまとまった気がした。


「れ、レイレイ?どうしたの?なんか様子が変だよ?」


「んーいや⋯⋯その、ちょっと、ね」


 冷凍睡眠。それこそSFでしか見たことのない話だ。


 そういう意味では、初めて目が覚めたときにカプセルのことを『SFっぽい』と思ったのも、あながち間違いじゃないっぽい。


 だけど冷凍睡眠なら、もしかしたら。

 ⋯⋯いやきっと、もう今は。


「⋯⋯レイレイ?泣いてるの、大丈夫?どこか悪いの?」


「ううん、大丈夫。色々考えちゃって⋯⋯ね?」


 そっか。冷凍睡眠。

 きっとみんなのいない時代まで来ちゃったんだ。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯っ」


 どうしてあの装置の中に私が入ってたのかわかんないけど。


 私が眠った後、お母さんはどんな一生を送ったんだろ。

 無口なお父さんだったけど、私がいなくなった後は悲しんだのかな。


 体の様子から考えて、病気が原因の冷凍睡眠じゃないと思うけど。

 もしそうだったとしたら両親にはきっと迷惑をかけたのかな。


 学校の友達はどうしてるんだろ。

 多分もうとっくに学校なんか卒業して、会社に入って、好きな人でも見つけて。結婚して。

 たくさん人生を楽しんでくれたのかな。


 私の分まで、きっと。


 それと、妹は———。


「⋯⋯⋯⋯っ!」


 妹のことを考えた瞬間、目の前が真っ暗になる。

 瞬間、鼻がひん曲がるような腐った匂いに襲われた。




「お、おい、逃げるぞ、くそッ」


 男性の叫び声で気がつく。

 通路だ。さっきと同じ通路だ。


 どういうことだろう。アンナは?

 それとどうして機関銃を持っているの?


「なにをぼーっとしてる。逃げるんだ。逃げるんだよ」


 男は、がっしりと私の腕を掴む。

 筋肉のつき方からして、相当に鍛え込んでいるのだと素人でもわかる。


 何かを訴えようとして、男の顔を見る。


 緑色の迷彩服を見て、なぜか私は自衛隊の人だとわかった。


「で、でも⋯⋯」


 待たなきゃ。まだだめだ。

 なぜかそんな気がする。


 そして、通路の向こうから誰かが走ってきた。


「はぁ、はぁ、はぁ、も、もうだめ⋯⋯っ」


 ——妹だ。妹が血だらけになりながら、走ってきてた。


「ゆ、ユイーっ!」


「お、おねえちゃん。待ってて⋯⋯くれたん⋯⋯だ?」


 そのとき、後ろから来た真っ黒な影が、妹のことを掴む。

 その次の瞬間には、腹のあたりに大きな穴が空いていた。


 悲鳴なんて出す間もなく、一瞬の死だった。


「う、嘘、ユイ、そんな⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯くそッ、コイツはもうダメだ」


 自衛隊の男は、私のことを肩にかつぐ。


「揺れるぞ、畜生ッ!」


 腹の当たりから突き上げるような振動。

 妹の姿が、遠ざかっていく。


「離せ、はーなーせーっ!妹が、妹がああああああああっ!」


 そして目を閉じると、だれかがぎゅっと私を抱きしめた。



 *



「だいじょうぶ。一緒だから。こわくないよ、ここには二人だけ」


「アン、ナ⋯⋯?」


 アンナの薄汚れた青い着物に顔を擦りつける。

 少し冷たい、でも柔らかい。不思議な感覚だ。


「⋯⋯うん。わかってる。おかしくなっちゃったみたい、私」


「そんなことないよ、レイレイ」


「ありがと。⋯⋯妹を見たの。そっちから走ってきて」


 ——見殺しにした。


 喉まで出かかっているのに、あの光景が再び浮かんで声にできない。


 言葉にすると、自分の罪をそのまま認めてしまうようで。

 きっと償えない。重すぎて潰れちゃう。


 心の中に留めておいてもきっとぐちゃぐちゃになっていくなら、そのまま一生抱えていくのが私の罰なんじゃないかなって。


 だから、きっと、


「だいじょうぶ。辛かったら、話さなくてもいいよ」


 その一言が、嬉しかったんだと思う。


「⋯⋯うん、ありがと」


「一回戻る?」


「ううん、大丈夫」


「⋯⋯りょーかい。それで、この部屋はなんの部屋なの?」


「うーん、入ってもらった方がわかりやすいかも」


「⋯⋯辛くない?」


「ううん、平気だと思う。実際さっきまでこの部屋に閉じ込められてたわけだし」


「たしかに。⋯⋯そーいやー結構可愛かったなー」


「きゅ、急になにっ?!」


 アンナが、急にニヤリと笑った。


「いやー、あんな小さなカプセルの中に閉じこもって震えてる姿をみたら、なんか小動物が震えてるみたいに見えちゃって」


「んなっ!このっ⋯⋯!」


「はいはいはい。顔真っ赤に染めたレイレイは放っといて、さっさと中調べちゃおうねー」


「うぐぐぐぐぐ⋯⋯」


 アンナは勝手に部屋に入っていって、くるりと振り返る。

 ペロリと舌を出した姿に、なぜだろう。少しだけ胸がドキッとした気がした。





「それで、結局このカプセルってなんなん?」


 アンナが不思議そうに聞いてくる。


「冷凍睡眠装置。人を氷漬けにして、冬眠させておく機械だよ」


「ふーん、冬眠、かあ⋯⋯」


 ——冬眠。そういえばこの世界、いやこの時代には冬眠する動物は残っているのかな。


「それじゃあ、この隣の機械に入ってる人は冬眠してんの?」


「え、私以外にいるの?」


「うん、ほら」


 恐るおそる隣のカプセルを覗いてみると、女の人が眠っていた。


「それで、どお?起こせそう?」


「うーん、どうだろ」


 備え付けの端末が生きてたのでそれを弄りながら考える。

 実際、協力者がいるなら心強くはなるだろうし。


「うーん⋯⋯」


 大半が英語のため、読むのに苦労する。


 どうやら設定で言語を日本語に変えても、ヘルプマニュアルが英語のまま残ってしまうらしい。

 それでもなんとか解凍シークエンスのメニューを見つけて、画面を切り替えた。


「えーと、なになに⋯⋯」


『重大なエラー: Non Vital -生命の兆候がみられません-

 重大なエラー: Low Voltage -解凍に十分な電力が不足しています-

 軽度のエラー: Liq. N2 Alert -液化窒素の補充が必要です-

 軽度のエラー: Antifreeze Alert -循環不凍液の補充が必要です-

 ⋯⋯』


 おびただしい量のエラー項目をスクロールしながら、頭を抱える。

 とりあえず取説をよこせ、話はそれからだと。


 だけど最後の一文で、状況が掴めた。


『警告。対象の生命反応はすでに消失しており、このまま解凍を続けても対象が生存する可能性は低いと考えられます。

 本当に解凍シークエンスを続行しますか?』


「⋯⋯どうだって?」


 私の手が止まったのを見て、アンナが聞いてくる。


「無理そうってさ。もう生きてないだろうし、起こしても生きてないだろうって」


「そっか。⋯⋯んで、どーするの?」


「放っておこうと思う。別の人が来て、どうにかしてくれるかもしれないし」


「それでいいと思う。てかアタシも多分そうするし」


「⋯⋯ごめんね、何度も重い話に付き合わせちゃって」


「ううん、仕事柄慣れてるから」


「ありがと。⋯⋯それとそういえば、私のリュックはどこにあったの?」


「ん、そこ。この人のカプセルの下だと、これ」


 指差す先には、人用のカプセルを小さくしたような装置があった。


「⋯⋯なるほど」


 下の装置にも、制御用のパネルがある。

 ただしこちらは先ほどの人用のカプセルよりも安っぽいモノだ。


 感覚的に、お高めの冷凍庫についてるパネルって感じが一番近いと思う。


「ふむふむ、なるほど。人用カプセルの方からも設定を変えられるんだ。

 それで⋯⋯っと、温度は⋯⋯」


 なんとなくリュックの中身が本当に大丈夫か気になって、調べてみる。


「うわあ、-70˚C、すっごい⋯⋯」


「ん、なにそれ?」


「温度。こん中、めっちゃ冷たくなってるって話」


「ほへー。んで、それってどんくらい?」


「えーと、氷の冷たさを0、沸き立ての水の熱さを100としたときの、-70」


「それって⋯⋯結構冷たいってこと?」


「うん。指がもげてないのが不思議ってくらいに」


 アンナは右手の指を一本ずつ動かして、恐るおそる確認する。

 全部の指が問題なく動くのを認めると、私に向けてピースした。


「大丈夫っぽい。そいーやー結構冷たいなとは思ったけど。

 なんだろ、体のアレが違うからかな?」


「んー、どうだろ。まーいっか」


 現状、リュックの中身は腐ってなさそうなことが証明できたし。


「残り二つのカプセルは誰もいないし、奥の部屋に行ってみよっか」


「そうだね、そうしよう」


 そういえば、どうしてあのとき冷凍睡眠中の人のリュックを回収しようと言い出さなかったのだろう。


 アンナの職業と性格からして、使えそうなら無理矢理にでも回収しようと考えてもおかしくはないと思う。


 もしかして、回収できるものに魅力を感じなかったのか。

 そういう考えもあるかもしれない。


 案外聞いてみたらそう答えるかもしれないし、あっさり違うと言い切るかもしれない。


 でも後で思うに、死んでいった人のことを思い砂の城のように崩れかけていた私の心に気を遣って、そのままにしてくれたのだと思う。


 当時そんなことを考える気もなかった私は、そのままの流れでアンナの後についていくことに決めたのだった。

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