1-3 『地下の旅、最初の旅』

「それで、私が眠ってたところって遠いの?」


 森の中を歩きながら、すぐ前を行くアンナに聞く。


「いやいやそれが。けっこー近いんすよ」


 鉄パイプを肩に担ぎながらアンナが答えた。


「どんくらい?」


「あと五分かからないくらい。ってかさ、その重装備、いらんくない?」


 アンナが私のリュックを指差しながら言った。


「備えあれば憂いなしって言うでしょ。

 アンナは逆に長老の話を聞いてもう少し準備するべきだと思うよ?」


「へーい。レイレイにまで長老と同じこと言われちゃうとなー」


 アンナは、私が最初に会ったときと同じ青色の羽織ものと鉄パイプだけの軽装のまま、その場でひらりと回ってみせる。


「ま、実際ここくらいしか潜ってないしね。

 もう少し遠くまで行くことになったら考えるよ」


「その考えが長老を心配させてんじゃないの?」


「⋯⋯かもしんない。だけど反省はしてない」


 ふへへ、とアンナはいたずらっぽく笑った。


「怒られないようにね」


「はいはい。⋯⋯っと、あったあった」


 アンナが指さした先を、目を細めて見る。


「えーと、あのボロボロのベンチのこと?」


「ん、その奥。あの岩の下」


 アンナは助走をつけてベンチに手をつき軽やかに飛び越える。

 そして岩をずりずりと押しどけた。


 あとからのんびりと追いついた私は、特に何も手伝わずに住んだわけだが。


「⋯⋯ええと、マンホール?」


 長方形の大きめなマンホール。

 確か四角のマンホールって割と少数派だとは聞いたことがあるけど。


「の、中がねっ!」


 ——ふんぬっ、と力をこめてマンホールを外すと、階段が現れた。


「なるほど、地下室か」


「さて、行きますか」


 鉄パイプで暗闇の先を示しながら、決意表明のように言った。


「天井低いから、気をつけてねー」


「へーい、りょうかい」


 こうして私たちは、二人最初の探検に乗り出したのだった。



 *



「うわっ、水だ」


 額に当たった水滴に、思わずビクッとしてしまう。

 地下二階分くらい降りたとこの通路にいるから雨漏りというより、地下水だろうか。


「へへーっ。そんくらいでビビってたらやってらんないよ」


「び、ビビってないから!」


「ほーほーそーですか。ちなみにそこの足元に落ちてんの、トラップ。レーザートラップ」


「はいはいどーせ嘘でしょー」


 そう言いながらも片目だけ足元に目をやる。

 薄暗いながらも照明が付いていたので、特に苦労もなくみつけることができた。


「コレ?」


 錆びついた小さなカメラみたいなパーツが粉々に粉砕されて足元に落ちてるのを指差す。


「そ、それ。変なレーザー出してウザかったから、鉄パイプで黙らせてやったわ」


「⋯⋯って、本物なのそれ?」


「うん、ホンモノ。ちなみにこの鉄パイプ相手でも貫通するよ。

 そんなこんなでこの鉄パイプも三代目。

 二代目はレーザートラップに焼かれて穴ぼこになった」


「お、恐ろしい⋯⋯」


「だーいじょーぶだって、だいじょうぶ。

 レイレイが寝てた部屋の前の通路まではトラップ全部破壊して回ったから」


「そ、それならいいけど⋯⋯。

 やめてよね、こんなとこで胴体に風穴開くのなんていやだからね?」


「だーいじょーぶ。嫌ならアタシが前に行ってやるから、安心しなって」


「ならいいけど⋯⋯」


 ビビりながらも結局立ち止まらずに進んでいるあたり、だんだん感覚麻痺してきてるんだなーとは思うけど。


 そして最初の部屋が見えてきた。


「⋯⋯⋯⋯」


「お、急に立ち止まってどーした。なんか面白いモノでもみっかった?」


「いや、別に。気になっただけ」


 部屋のドア枠上部に表札がある。

 茶色に変色しているせいでかなり読みにくかったけど、辛うじて読み取れた。


「『リビング』、か」


「りびんぐ?何それ」


「みんなで食事食べたり、くつろいだりするとこって感じ」


 だけどこんな地下深くにリビングか。

 ホテルっぽくはないし、モグラのように地下暮らしでもしてたのだろうか。


「入ってみてもいい?」


「いいけど、何もなかったよ?」


「ちょっと気になっただけ」


「別にいいけど」


 少しだけ開いていたドアから体を乗り出すようにして中を覗く。

 ——真っ暗だ。


「⋯⋯うえっ、変な匂い」


 カビが溜まったような匂いに渋い顔をしつつ、


「うっわ、テーブル壊れてる」


 机の天板が真っ二つに折れている。

 ところどころ穴ぼこになっているのはなんでだろう。


「どーお、なんか面白いのあった?」


「いーや、まったく」


 通路で待ってるアンナに声をかけると、駆け足で戻る。

 合流すると、アンナは私の横に並んで歩くように歩幅を合わせた。


「ちぇー。せっかく先住民がいたから、おもろいモノ見つけてくれるかと思って期待してたのにー」


「いや、大体まずここにいた記憶自体がそもそもないんだって」


「そーか?さっきだって何も考えず電気つけたり、机調べたりしてたろ」


「んー、それとこれは違うような⋯⋯」


 だって、部屋の電気があるのは大抵ドアノブよりすぐの壁だし。

 リビングといったら、必ずといっていいほど机があるし。


 でも、なんだろ。

 それ以上になんかがないかと聞かれたら自信を持って頷けない自分がいる。


「ま、いいや。わかんないこと気にしててもどーしよーもないし」


 だからこそ、あっけらかんと笑い飛ばしてくれるアンナに、少し心が救われる気がする。


「確かに。どーしよーもないかもね」


「んじゃ、次のあの部屋は?」


「んー、倉庫って書いてある。中は⋯⋯」


 覗いてみると、米とかを入れる麻袋の残骸のようなものが、そこら中に散乱していた。


「多分、食料庫だと思う。⋯⋯てか、前回来たとき探してみたんじゃないの?」


「まーね、一応は。なんか新しいことがわかるかなーって」


「ふーん。⋯⋯ところで、前回はなんでここに来たの?」


「なぜって、そりゃー私が回収屋サルベージャーだからね」


「⋯⋯⋯⋯?」


 どゆこと、と首を捻ってみせる。


「こーゆー遺跡から、使えそーなモノを回収するんだよ。

 鉄屑からランプ、あとは使い道のわかんないガラクタまで。

 実際、誰かが使い方をみつけて使ってくれることもあるしね」


「それって、墓荒らし?」


「んじゃそりゃ、ただのドロボウじゃんか」


「なら私は、そんな墓荒らしのお仲間ってとこかな」


「ふふっ、そうかもね」


 アンナは、楽しそうに笑った。


「さー行こっか。この階段の下へ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る