事情聴取

女は「先生の赤ちゃんができるといいな」と言い残して眠りについた。そして翌朝、目を覚ましたときにはすでに手遅れの状態となっていた。おそらく、女は前夜の出来事を思い返す余裕すら与えられなかったはずだ。女にとって、昨夜のことは夢のような出来事にすぎなかったろう。

女が死んだ後、オレは警察で事情聴取を受けた。女が自殺した可能性についても質問されたが、答えは同じだった。

「いいえ、彼女が自ら命を絶つとは考えられません」

警察は納得しなかったが、それ以上の追及をすることはできなかった。女の死に関しては事故として扱うようにと厳く言われた。警察が事故として扱うのなら事故なのだろう。弁護士でも被告でも裁判官でもない俺に何の法的権限もない。彼女は言っていた。ヤング干渉縞、量子力学。そういえばシュレーディンガーの猫という有名すぎるたとえ話がある。俺にとってはさっぱりだが、一つ知っていることはこの世は雲をつかむようなものだという。では箸にも棒にも掛からぬといえば、主観次第で何かをつかむことができる。なんとも面妖な話だが要するに世の中には二面性があるという事、そして現実を認識するのは本人の自己責任ということだ。彼女は俺をダシにして子持ち家庭を築こうという「雲をつかむ話」俺は酒乱女の妄言より現実という「実」を取った。そして量子力学のいう二面性が教えるもっとも残酷な事実はどちらか一方しか選べないという事だ。俺は彼女の妊娠線を思い出しながら両手を合わせた。指が二重スリットを彷彿させる。

「ごめんな。そして安らかに眠ってくれ」そう呟いて俺は部屋を出た。

「あなたは、どうしてここにいるの?」

それは、あまりにも唐突だった。

いつものように、学校へ行こうとして家を出て……そう、今日は珍しく寝坊したから、急いで自転車を走らせていたのだ。

なのに、急に目の前が真っ暗になって、気が付いたら……。

僕は、知らない場所に立っていたんだ。

「ここはどこ? っていうか、君は誰?」

僕が聞くと、女の子は少しだけ微笑んで、言った。

「わたしは、神様だよ」…………はい? 何を言っているのか分からないけど、多分僕の聞き間違いだと思う。

うん、きっとそうだ。

だって、こんな可愛い子が神様なんてありえないし!

「あー、聞こえてるよね? 君にはちゃんと見えてるものね。じゃあもう一度言うよ」

そう言って、彼女は続けた。

「ここがどこかって聞いたわね。ここは天国みたいなところかな。で、私が誰かはね……」

「ちょっと待った!」

思わず声を上げてしまう。

「何?」

「あのさ、いくらなんでも、そんなの信じろと言われても無理があるよ。それに、君はどう見ても中学生くらいにしか見えないんだけど」

「そりゃそうだね。私は天使だから」

ほら、やっぱりおかしいよ。

いきなり天使とか言い出すんだもん。

「あのさ、そういう冗談はいいから、早く帰らせてくれない?」

「あら、随分と冷たいのね。せっかく来たのに、もう帰るつもりなの?」

「いや、その言い方だとまるで、また来るような感じだけど」

「もちろん。君を元の世界に帰すためには、私の仕事を手伝ってもらう必要があるの」

「仕事?」

「そっ。仕事を手伝ってさえくれれば、すぐにでも帰れると思うわ」

ふむ、それなら悪くないかも。

手伝うだけで良いなら楽勝だし、ここで断っても、たぶん意味ない気がする。

「分かった。で、その手伝いの内容を聞いてもいい?」

そう尋ねると、彼女は嬉しそうな顔をして答えてくれた。

「簡単なことよ。まずはこの世界の人間に転生してもらうの」……はい?

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