14-5
アールの城下町で、目立つ長身の旅人が二人、郷土料理ばかりを机いっぱいに注文して平らげていた。
「これ、結構辛いね」
「私は好きだよ。母がたまに作ってくれたアール料理に似ていて懐かしい」
「アーユイはお母さん似なんだってね。叔父上が言ってた」
「隊長は母のことも知ってるのか。またお茶に誘う口実ができたな」
レンの若い頃を知っているオリバーから当時の話を聞くのは、大変面白かった。今でこそ落ち着いているレンだが、昔は血の気が多く、突然突飛なことをしでかすところは今のアーユイとよく似ていたとか。
にやにやと企んでいるアーユイを見て、
「僕のことも誘ってくれていいのに」
ロウエンは少し口を尖らせた。
*****
一時の休息を十分に楽しんだ二人は、そのまま郊外をふらふらと散歩し。
「寄りたいところがあるんだけど」
「いいよ、アーユイの好きなところに行こう」
ロウエンは、アーユイが差し出した手を取る。
次にいたのは、建物の中だった。天井は高く、長いベンチが両脇に列を成している。
「……聖堂?」
石と木材を組み合わせた質素な作りは、エンネスト城の大聖堂を知っていると見劣りするが、そこは確かにピュクシス教会の聖堂だった。
「母の実家の側にある聖堂だよ」
「誰もいないね」
手入れは行き届いているが、二人以外に人の気配はなかった。
「普段は地元民が管理をしてて、週に一度だけ、もっと大きな聖堂から司祭様が来るんだ」
アールはエンネアほどピュクシス教が盛んではない。この地域は聖堂があるだけ、まだ多い方だ。
「五歳の時、母と一緒にここに来た私を見て、ピュクシス様は私に加護を授けようと思ったんだって」
「へえ……」
どんな小さな教会でも神と繋がっているのだなと思いながら、ロウエンは天井の梁を眺めた。
「待てよ、そういうエピソードを司祭様にでも話したら、ここが観光地になるかもしれないな。母の地元の繁栄に一役買うか?」
「せめて聖地って言いなよ」
相変わらずのアーユイに、ロウエンは思わず笑ってしまった。
「お母様の実家には行かないの?」
「行こうと思ってたけど、急に気分が乗らなくなった。私と母が似てるから、祖母は私を見ると泣きそうな顔をするんだ」
異国の地で若くして死んだ娘。その娘と瓜二つの孫娘が聖女になったことを、果たして祖母は喜ぶだろうか。
「またいつでも来られるし、徹夜明けの酷い顔で会うこともないかと思ってね」
「そっか」
うっかり寝てしまった自分よりもピンピンしているし、全然綺麗だけどなあ、とロウエンは思った。
「なかなか楽しい旅だった。名残惜しいけど、そろそろ帰らなくちゃね」
アーユイは大きく背伸びをした。
「無理を聞いてくれてありがとう、王子。おかげで随分気が紛れた」
アーユイは手を差し述べた。
「こちらこそ、珍しいところに連れてきてくれてありがとう、聖女様」
ロウエンはその手を取ろうとして――、
「どうしたんだ?」
首を傾げるアーユイを見て、少しだけ躊躇ってから、口を開いた。
「あのさ。……エンネアに戻ったら、こうして会って話す機会がしばらくないかもしれない。だから、今のうちに言っておきたいことがあるんだ」
エンネストに帰れば、また聖女と王子だ。こんなに気安く名前を呼び合い街で食事をするようなこともできなくなる。何より、誰の邪魔も入らず二人きりでいられるのは、今しかなかった。
「? 何?」
アーユイは、意を決したロウエンの真剣な表情を見てもなお、首を傾げている。
「……」
ロウエンは片膝を付き、一度は下ろされた手を取ると、自分よりも一回り小さく華奢な手の甲に口づけを落とした。
「アーユイ姫。貴女のことが好きです」
耳まで赤くなっているのが、ロウエン自身にもわかった。
アーユイは突然の告白にぽかんと口を開け、何度か瞬きをした。
「……本気?」
最初に出てきたのは、そんな言葉だった。
「もちろん」
「私はアインビルドの暗殺姫だよ? 命令一つでどんな相手の弱みでも探して、時々殺すのが仕事の」
「知ってるよ。この何ヶ月か、一番……は侍女さんだけど、他の人よりも近くで見てきたつもり。だから、必要以上には殺さないことも知ってる」
敵と見なせば容赦はないが、彼女が人を殺すのはあくまでも仕事の範囲だ。慣れない土地を旅して自分だって疲れているのに、一晩中付きっきりで赤の他人の看病をするなど、普通の人間にだってそうできることではない。
「……」
「身分とか政略とか、関係なく……。いや、それがあっても好きだと思ったんだ。……もしも嫌じゃなければ……。僕と正式に、お付き合いしてくれませんか」
目が泳ぎそうになるのを堪え、真剣にアーユイの目を見る。アーユイはいつも通りに平然と視線を返してきたが、一瞬だけ、困ったような表情を見せた気がした。
「……返事は、少し待ってほしい」
「少しって、どれくらい?」
「そうだな……。せめて、式典が終わるまで」
即座に断られないということは、少しは望みがあると思っていいのだろうか。
「わかった。じゃあ、式典が終わるまでは、今まで通りの聖女様でいてくれないかな。身勝手だけどさ」
「うん。それじゃあ、帰ろう。……またね、
「え?」
転移する直前、目を細めて笑ったアーユイは、何故だか寂しそうな顔をしていた。
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