14-3

 前皇帝の妾腹の姫を連れて現姫の部屋に戻ると、部屋の隅に男が五人ほど、縛られていた。そのうちの四人は縛るまでもなく気絶して転がっているが、一人年齢の違う初老の男だけは、頬に大きな青あざを作り、猿ぐつわを噛まされ、ロウエンに見張られていた。


「あ、おかえり!」


大型犬の笑顔が久しぶりに見られて、アーユイは少し気分がほぐれた。


「ご婦人。姫を呪うよう貴女を唆したのは、その男で間違いありませんか」


「ええ。間違いありません」


「だそうです」


「彼が手伝ってくれて助かりました。一人では守り切れなかったかもしれない」


と言いながらも、部屋の中は大して荒れていない。転がっている四人もそこそこ腕が立つ者なのだろうが、国一番の武人の相手ではなかった。


「んーっ! むーっ!」


「何か言いたいことがあるようですよ」


大方、どうして十六年分の呪いが返ったのに生きているんだとか、自分だけ罪を逃れるつもりかとか、そんなことだろう。


「貴女の読み通りだったよ」


ロウエンは、ふー、と呆れた様子でため息をついた。アーユイの名を呼ばないのは、男に聞かせないためだ。


「何よりです。皇帝は国外出張中で城内の警備は手薄。見張りの兵士も煤を追って出払ったこのタイミングで、確実に姫を殺しにくると思いました。呪いなんて曖昧なものに頼って失敗したんだから、今度は姫が死ぬのを自分の目で確かめないと、気が済まなかったんでしょう?」


腰に手を当て、鼻から下を布で覆った姿で男を見下ろすアーユイ。国内でも僅かしか見た者がいないアインビルドの暗殺姫の顔を、わざわざ拝ませてやる義理はない。


「でもさあ、そんなことしたら、余計に自分がやったってわかっちゃうんじゃない?」


ロウエンは首を傾げる。すると、


「火をつけて、関係者もろとも焼き払えばいい。フーヤオ、お前なんか、罪をなすりつけるのに適任だと思うよ」


アーユイはしれっと物騒な解答を出した。


「シナリオとしては、聖女に縋ったが断られ、姫の病が治すことができず絶望しての無理心中ってところかな。庶民出身の粗暴な武人がカッとなってやったことにすれば、気に入らないフーヤオの名誉も、治療を断った聖女の評判も落とすことができて一石二鳥だ」


「俺が戻ってきたことが知られていたのか」


「皇帝の生活区に、簡単に侵入できたのが気になってね。有能なら平民でも重用するような進んだ考えをお持ちの皇帝陛下の住まいが、そんなに杜撰な警備のわけがない」


図星だったようだ。男は目を逸らした。


「貴方の最大の失敗を教えてあげましょう。平民だからと馬鹿にして、フーヤオの実力を侮ったことです」


呪いは解けてしまったものの、部屋には医師とフーヤオと、フーヤオが連れてきた妙な旅人しかいないはずとタカを括り、腹心の部下だけを連れて乗り込んだところを、あっさり取り押さえられてしまったわけだ。


「うちのお姫様は、よくそんな怖い企みに気付けるね」


「燃やすのと海に沈めるのは、証拠を消す時の常套手段だからね。この屋敷は木造だし、よく燃えると思うよ」


「……いろいろ片付いたら、改めて防火対策を練ることにする」


フーヤオも呆れていた。


「それで? フーヤオ、この男は何者?」


「……先代皇帝の弟だ。姫が死ねば、こいつか、こいつの息子が次の皇帝になる」


「なるほど、回りくどい方法で暗殺を試みた割に、動機はわかりやすいね」


王の弟にも、随分とみみっちい奴がいるものだとアーユイは呆れた。


「彼に聞きたいことがある。猿ぐつわを外しても?」


「ああ」


許可を得て、男の口に噛ませている布を外す。


「この、下賎がふっ」


「私の質問に答えてください。余計なことを話したら、一本ずつ骨を折ります」


言い終わるよりも早く、鼻に一撃が入った。男は痛みに悲鳴を上げ、鼻から血が垂れる。


「大丈夫ですよ。人間の身体の骨の数は意外と多いですから、話したければいくらでも」


細められた目に逆らってはならぬと本能が察したのか、男はがたがたと震え出した。


「貴方に呪術を教えたのは誰です?」


「……知らん。余計な詮索をしたら殺すと言われた」


目は泳ぎ、一秒でも早く逃れたいと早口で答える。王の器ではないな、とアーユイは軽蔑の視線を向けた。しかし、情報を聞き出すには都合がいい。


「そんな奴から聞いた術を信用したのですか」


「目の前で効果を見せられた。信じるしかあるまい」


「そうですか。その呪術師に、他に特徴は?」


「……おそらく、ヘプタ人だ」


「なぜ?」


「目元しか見えなかったが、肌が日に焼けていたし、言葉にヘプタの訛りがあった」


またヘプタか、とアーユイは思案し、ロウエンに一瞬視線を送った。ロウエンも頷く。


「その話は、どれくらい前のことですか?」


「二十年ほど前になる」


ビラール家の息子が生まれたのも、ちょうどそれくらいだ。計画は、水面下でずっと動いていたのだろう。


「質問は以上です。正直に答えてくださって、ありがとうございます。おやすみなさい」


腹に一撃入れられ、男は気を失って床に頬をつけた。


「私の用は終わったよ」


「……貴女が、姫を」


改めて、フーヤオは女を見据えた。


「返す言葉もないわ。どんな刑罰も受け入れる。早く殺してちょうだい」


「……まずは姫が回復してからです。貴女の処罰は、彼女が決めるのがきっと正しい」


本当はつかみかかりたいところだろうが、フーヤオは低く唸るようにそれだけ言った。アーユイはわざと明るい調子で肩をすくめる。


「相変わらず甘いなあ、フーヤオは。そんなんだから、私に勝てないんだ」


「うるさい。俺はこいつを一発殴ったからもういいんだ。……でも、ありがとう。ロウエン王子も」


「お、王子!?」


込み入った話をしている中でできる限り気配を薄くし、姫の脈を診ていた医師が、突然の暴露に素っ頓狂な声を上げた。今回、姫の次に受難だったのは、彼かもしれない。

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