8-4

 聖女誕生式典の会議が難航するのを尻目に、アーユイの元には世界各地から続々と要人たちが挨拶に訪れる。


 懸念された通り、王族や大商人だと名乗る彼らは必ずと言って良いほど自慢の美青年を連れており、聖女に紹介してきた。


 アーユイの護衛を担当した隊員から、昨日はどこの地域からどういう男が来たという話を翌日の休憩時間に聞く度に、ロウエンははらはらしていた。


 隊員たちはそんなロウエンの顔を見ながら、このエンネア一の美男子が護衛に就いて、ついでにいつもの仲良しぶりを見せつければいい牽制になるだろうに、と思っていた。



 だが、ロウエン自身がアーユイの護衛に就くわけにはいかない。


「ロウエン王子、お初にお目に掛かります」


何故なら彼もまた、婚約者の決まっていない年頃の王族という立場だからだ。


「シスの宰相、ヴィトと申します。これは娘のテレーズです」


中年男性がまず挨拶し、その後ろに控えた若い女性が、一歩前に進み出る。


「テレーズです。ロウエン王子、噂通りの素敵なお方ですね」


ドレスをつまみ、恭しく一礼する娘。その目には父から言い含められた打算と、ロウエンへの純粋な好意が見え隠れしていた。


「恐縮です」


ロウエンは苦笑いするしかない。聖女が現れる前は、自分が一番に他国の貴族たちに狙われていたことなど、すっかり忘れていた。


 エンネアは国の規模で言えば中程度だが、豊かな大地と安定した国力を持ち、聖女の生まれた地として今後更に勢力を増すことが想定できる。聖女をものにできなくとも、別の方法で懇意にしておきたいという思惑が透けて見えた。


「お近づきの印に、我が国で一番のワインをお持ちいたしました。お口に合うと良いのですが」


「ありがとうございます」


華やかなよそ行きの笑顔に、宰相の娘が淡く頬を染めて見蕩れた。



 最低限の社交辞令を交わし、シスからの使者の足音が部屋から遠ざかるのを、ロウエンは壁に耳を当てて聞き届けた。


 それから、


「……これを聖女様のところに持って行って、鑑定してもらってくれる?」


「承知いたしました」


なんとなく嫌な予感がして、渡されたばかりのワインボトルを部下に預けた。部下もすぐに察し、中身がわからないよう素早く布に包むと、何も聞かずに部屋を出て行った。



 それからしばらくの後、


『王子。ご無沙汰しております』


直接伝達が来た。驚きとアーユイの声が聴けた喜びで、声が上ずる。


「わっ、聖女様。そちらはお変わりありませんか?」


『ええ。各国の多種多様な美男子が見られて、とても面白いですよ』


相変わらず安心と安定のアーユイだった。大方、変装のサンプルにでもするつもりなのだろう。


『その話はまたいずれ。……例の贈り物の件ですが』


と、アーユイは声のトーンを落として続けた。


「忙しいところありがとう。……どうでしたか?」


『呪いや魔法の類いは感知できませんでしたが、おそらく媚薬入りですね』


「びっ、なんて?」


『媚薬です。いわゆる惚れ薬。気分を高揚させる麻薬のようなものと、興奮剤、精力増強剤などの化合物かと思われます。軽くひっかけるくらいなら、一晩元気になる程度でしょう。飲んでみますか?』


年頃のご令嬢からはあまり聞きたくない言葉が、畳みかけるように出てきた。


「い、いやあ……。聖女様、まさか飲んでませんよね?」


『ご安心ください、匂いを嗅いだだけです。エンネアでは違法薬物に指定されている薬ですので、王子に一服盛った罪で即刻追放することもできますよ』


「今のところはいいかな……。何かあったときのカードとして取っておきます」


『わかりました。現物が必要ないなら、他国の薬物の研究材料としてこのまま着服してもよろしいですか?』


「構いませんよ。……くれぐれも取り扱いは慎重に」


『ありがとうございます』


魔法越しに聴く優秀な諜報員の声は、心なしか楽しそうだった。からかわれているのかもしれない。


「……式典が終わるまで、戸締まりを厳しくしよう」


通話の後、ロウエンは深いため息をついて肩を落とした。


*****


 新教官による連日の厳しい訓練で疲れ果てた第二上級騎士隊の隊員たちは、帰宅時間になっても、休憩室でぼんやりとしていた。


「隊長と肩を並べる武人が当主で、その武人に鍛えられた姫は聖女で、その父娘に忠誠を誓う弓と変装の達人か……。つくづく味方で良かったな、アインビルド家」


「姫の影武者ができる侍女さんもいるよ」


「口の硬いヘプタの曲者から情報を引き出した拷問屋もな」


最恐とでも言うべきラインナップに、隊員たちは顔を見合わせてぞっとしていた。


「……そんなに強い家なのに、なんで今まで知られてなかったんだろ?」


「考えないほうが、俺たちの身のためって気がするなあ」


「そっかー」


今まで知らなかったということは、自分たちは知らなくていいことなのだとお互いに言い聞かせ合い、休憩室のベンチから腰を上げる賢明な貴族令息たちだった。

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