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 「うわっ、えっ、何!?」


声と共に、目を閉じていてもわかる眩い光が降ってきて、アーユイは思わず祈りのポーズを解いてしまった。スレていない世間知らずのご令嬢を取り繕うことも忘れ、緊急事態に備える姿勢を取る。


「てか、まぶしっ」


『あっ、ごめんなさい、私ったら』


頭上から降り注ぐ光に手で庇を作るアーユイの様子に、声の主は恥ずかしそうにうふふと笑った。


「何これ、どういう」


光が和らぎ目を開けていられるようになったところで辺りを見回すと、司祭も三人の少女たちも、祭壇の上部に設置されたピュクシス神の像が光り輝いているのを見て、あんぐりと口を開けていた。


『貴女を待っていたのよ、アーユイちゃん』


「はい?」


『忘れもしないわ、あれは貴女が五歳の時よ。聖堂に初めてお祈りしに来てくれたわよね。もう、私その時にね、「この子にしよ!」って決めちゃったの』


声のトーンに合わせて、神像がしゃらしゃらと明滅する。


「ご、五歳? ああー、もしかして、母上の実家の側の、小さな教会に行った時のことですか?」


アーユイが今回以外で唯一、ピュクシス神の教会を訪れた時のことだ。


『そう! やだ、覚えててくれたのね。嬉しい』


男とも女ともつかない形容しがたい声だが、とにかくやたらご機嫌だということはわかる。


「あの……、アーユイ様。何か聞こえているのですか」


姿の見えない声と会話するアーユイに、恐る恐る、司祭が声を掛けた。


「え? 司祭様には聞こえていないのですか」


こんなに聖堂中に響き渡っているのに。


「はい、ピュクシス様の像が光り輝いているのは見えるのですが」


『今はアーユイちゃんにしか話しかけていないから、他の子には聞こえないわよ』


謎の声は、気軽に答える。


「そうなんですか……。え、もしかして本当にピュクシス様?」


『そうでーす! 私が創世神ピュクシス! 今はちょっと訳あって姿を現せないけれど、お忙しいところせっかく来てくれたアーユイちゃんには、再会記念に加護を与えちゃいまーす!』


あまりにも軽い口調が、声の信用を下げていく。


「加護? 加護ってなに? いや、何ですか?」


『詳しい説明はまた今度してあげる! 今日は挨拶に来ただけだから! それじゃアーユイちゃん、またね!』


「えっ、えっと、はい?」


やたら元気で明るい声は、一方的に喋り倒すと、そう言って遠ざかっていった。同時に、輝いていた像が光を失う。


 残された一同は、しばしその場にぽかんと立ち尽くし――。


「はっ、伝令! 伝令ーーー!!!」


我に返った小柄な司祭は、どこからそんな大声が出るのかという声で入り口の兵士に指示を飛ばし、少ない兵士と助官たちは慌てて大聖堂を出ていった。


 そして、市井で買い食いでもしようかと考えていたアーユイの午後の予定は、全て消え失せたのだった。

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