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数十分後、コンビニで調達した昼食を携えた沙夜子が三限の講義室に入ると、一年生の頃から仲良くしてくれている友人たち(当然SNSも繋がっている)が前方の席でおしゃべりしながらお弁当やらカップラーメンやらパスタサラダやらをパクついていた。
沙夜子が早足で近付くと「おはよー」と声をかけてくれるが、当の沙夜子は挨拶もそこそこに「ラジオやるんだけどさ!」と通路から机に身を乗り出した。彼女らはその勢いに一瞬ひるみさえ見せたが、すぐに「どゆこと?」と顔を見合わせ始めた。約一名など「FM? AM?」と質問してきたので、沙夜子は人差し指を立てて「SNS!」と言い放った。
「つーわけでさ、番組内で読むためのお便りが必要なんだ。内輪な話題はちょっと避けて、何か投稿してくれたら嬉しいな。文具についての話題と、あと何かお題フリーで」
文章として伝われば投稿の手段は問わないことを説明すると、友人たちは快く了承してくれた。実績も何もないようなラジオにおいてこういう友人たちの存在はありがたい。
「沙夜ちゃんひとりでやるの?」
「ううん、学外の相棒がひとり。とにかく、来月の文化の日にやろうと思ってるんだ。ぜひ聞いてね」
軽く宣伝してから、ようやく席に着く。昼休みが終了して授業が始まると、沙夜子は速攻で熟睡した。睡眠不足の皺寄せがやっと来たらしい。
「ほら」
五限が終わり、そのまま星良の部屋に直行すると、いきなり彼女から数枚のコピー用紙を鼻先に突きつけられた。思わず玄関の三和土で固まるが、星良はそんな沙夜子の手をぐいと取るとコピー用紙を握らせた。
「お昼から夕方までの間に届いた分。メールで来たから、ワードで三枚にまとめた」
「さっすが瀬良ちゃん、人望ある」
「もっと来るかと思ってたんだけどね」
靴を脱ぎながらぺらぺらと紙をめくる。指定されているから書きやすかったのか、文具についての話題がほとんどだ。
「『いつぞやはお世話になりました』……」
三枚目のコピー用紙の、上から二番目の投稿が目に留まる。ラジオの投稿にしては変わった挨拶だ。かと思えば、投稿者名が「あにけんの地縛霊」になっており、ああと納得する。
「それはうちの大学のアニメ制作研究会の人」
尋ねるより先に星良が言った。手にはのど飴の袋が握られており、無意識に視線を向けると「いる?」と差し出された。ありがたく頂戴する。
「それだけの投稿じゃ全然場を持たせられない。私と沙夜さんはドがつく素人なんだから、割かし面白い投稿を選り抜かないと話を続けられない。いいお便りを待つよ」
「は、はい」
どかりと床に座り込んだ星良に、沙夜子はのど飴の袋を開けながら首を傾げる。あれ、主導私じゃなかったけ?
しかし、相棒がやる気になってくれるのが嬉しくないわけがない。随分と頼りになるパートナーを手に入れたものだ、と沙夜子は胸を躍らせた。
「して、沙夜さんさあ」
同じくのど飴を舐めながら、星良はジトッと沙夜子を睨んだ。
「ラジオで流せる話し方はいつ訓練するので?」
「…………え?」
すっと背筋が寒くなる。この目はあれだ、いわゆる「ガチ勢」の目だ。否、沙夜子とてこの企画に対しては充分ガチ勢のつもりであったし、真摯に向き合っている、はずなのだが。
「素人がそんな早口で喋ってたら、機械越しでは全然内容がわかんない。活舌を根本からよくする、もしくはゆっくり話す。半月しかないんだから、後者で矯正するよ」
「え、えー……」
「あと、腹から声を出す。腹式呼吸ってわかる? 寝てる時には無意識には出来てるはずなんだ。ちょっと寝転がってみて」
星良が床を指差す。未だ立っていた沙夜子は、言われるがままに寝転がると、腹を意識するようにしてゆっくりと呼吸した。口の中ののど飴が少し気になったが、頬に収めて集中する。
「だめ。それじゃ肺呼吸だよ。寝転がってるのに苦しくないの? リラックスしてね」
腹に手を添えられて、思わずブハッと吹き出す。星良がすごい目で睨んできたが、くすぐったいのだからしょうがない。他人に腹を触られるのって我慢出来なくないか?
「沙夜さん」
「ハイすみません」
いつも以上に低い声で名前を呼ばれ、にわかに笑い声を収める。しかし、やはり腹を触られるのはくすぐったく、しかもこの状況を客観的に想像してみてしまった沙夜子がそう長いこと真面目なふりを続けることは難しかった。
「……ふひっ」
またひとつ、笑い声を漏らす。星良が「沙ー夜ーさーん?」と顔を覗き込むが、それすらも面白い。結果として再びけらけらと笑いだしてしまった沙夜子に、星良はとうとうぶち切れた。
「そんなに面白いならずっと笑ってろ! もう!」
そう叫んでから勢いよく沙夜子の脇腹をつかむ。あ、と命の危険を感じたが、沙夜子にとっては後の祭りだ。口の中ののど飴を笑って吐き出さないかだけが心配だった。
さんざっぱら沙夜子をくすぐった後、同じく笑い疲れた星良が「大声で笑ってる時は、だいたい腹式呼吸だからね」と呟き、それがまた沙夜子の笑いを誘った。箸が転がってもおかしい年頃というのは恐ろしいものである。
のど飴は、くすぐられてる最中に飲み込んでしまったらしく、口内のどこにも見当たらなかった。
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