港町 17 (スエン視点)

港町の役場は運河南方にある地方神殿の所属。

詰所の造りは神殿と異なり、華美さはなく、機能重視の建物。

詰所の隣には、兵士が訓練で使用する広間があり、演習もここで行われる。

カオはリンを演習場まで引っ張り込み、近くにいた女中に預けた。

すでに隊員は集まっており、スエンとカオは隊列へ並ぶ。

しばらくして演習相手が入場してきた。

きっちり隊列を組み、乱れなく行進してくる。

数はだいたい同じくらい。

腰に帯びた剣は本物だろう。

隊列のうしろから、ゆったりと輿が入ってきた。

輿は演習場を一望できる観覧席の前で止まり、担ぎ手が輿の御簾を上げる。

輿の中から人が出てきた。

遠目からでもわかる鮮やかな朱色の髪の持ち主、神官だ。

神官は皆朱色の髪をしており、同じ親から生まれようともその色でなければ神官になれない。子供でも知っている常識だ。

大陸の端まで都の神殿が来るはずもないので、この町を管理している地方神官なのだろう。

都の大神官の何番目かの弟君にあたる方。

この場で最も尊い身分を持っている男だ。


この演習は神官の視察も兼ねている。

毎回ではないけれど、年に一度は必ず町を訪れる。

来ても役場で演習の見学と報告を聞くのみなので、市街には赴かない。

なので、町民が神官が町にいることを殆ど知られていない。


演習の演目は模擬戦闘。

港町と交易都市の兵士が腕を競い合う個人戦となっている。

得手とする得物毎に隊を分ける部隊制。

スエンは戟を得手としている。

十数年前の戦で活躍した『猛将』が得意としたのが戟だった。

猛将の強さは他を圧倒する程で、話を聞くだけでも尊敬と憧憬を抱いた。

彼のようになりたいと思う輩は多い。スエンもその一人だった。

猛将と同じ戟を一層修練した。

おかげでスエンの戟の腕は地方でも五本の指に入る程なのだが、平和な日常に活躍する場は少ない。


先に披露するのは剣技。

一対一の真剣勝負。

使用する剣は訓練用の先を潰した物だが、当たりどころが悪ければ大怪我を負う。

演習場の脇には、治療師と世話役の女中が控えている。

一度に四組同時に試合が行われるが、手隙になる兵士も多い。

対戦まで裏手で訓練を積んだり、試合を観戦したりと自由だった。

スエンは空いた時間にリンを探した。

カオが女中に預けてから姿を見ていない。

見知らぬ場所で戸惑っているのではないか心配だった。

そんな可愛らしい性格をしていないのはわかっていても。


リンは不思議な女だ。

町娘には珍しく剣を振るっていた。

振るうなんてものではない、戦いに慣れた熟練者だった。

人だったものを斬ることに躊躇いのない冷酷者かと思えば、子供っぽい悪態をつく口の悪い餓鬼でもあり。

話してみると素直で、でも頑固で、怒ったり笑ったり表情豊かな面を見せる。

時折見せる冷めた大人びた表情は妙齢な女性。

着飾れば一瞬で目を奪われる妖艶な女にもなる。

こんな女に出会うのは、初めてだった。


詰所の棟に連れて行かれたわけではなさそうなので、近くに控える女中に尋ねた。

すると、女中は不思議そうな面持ちで視線を斜めうしろにずらした。


「こちらにいるではありませんか」

「え…………えぇ?」


視線の先には鎧を身にまとった兵士ーーリンがいた。

身につけているものはスエンと同じ、軍人に支給されたもの。

腰に佩いでいるのは長剣。

頭には兜まで被っている。

カブトで顔が隠れているが、強い目がリンのものだとわかる。

何故リンが、という疑問がわくのと同時に、着ている理由も浮かぶ。


「お前、出る気か!?」

「らしいな」


二度見してもいつものリンと重ならない。

男にしか見えない。

返す声音は平坦で、憤りも困惑もない感情の起伏がみられないもの。

躊躇いのないリンに、逆にスエンが困惑する。

この演習は訓練の成果を披露し互いの町の軍事強度を確認するもので、ただの町民、しかも女を飛び入り参加させて良いものではない。


「何考えてンだ! 脱げっ!」

「確かに兜はいらねぇよな、視界が狭い」

「そこじゃないっ!」

「大丈夫大丈夫。夕方までに戻れば問題ないからさ」

「何も大丈夫じゃねぇだろう。怪我したらどうするんだ!?」

「しなきゃいいだろ?」


ああ言えばこう言う。本当に口の減らない餓鬼だ。

何としてでも止めようとしている横から、審判役がリンに舞台へ上がるよう呼ぶ。

ひらりと軽い足取りで向かっていってしまった。


「俺、そこそこ強いからさ。心配すんなって」


軍人でもない者が演習に参加することが問題なのだ。

なのに、リンも、命じたであろうカオもどうかしている。

苛立から握った拳に爪が食い込んだ。

少しの痛みでも気がつくのに、リンは痛みの存在すら知らない顔で剣を握ろうとする。

怪我をしてからでは遅いのだ。

好奇心で足を突っ込むものではない。


前の対戦が終わり、周囲から歓声が上がる。

手前の舞台の組の勝敗がついたようだ。

勝者は剣を掲げるように持ち、敗者は片膝をついて観覧席にいる神官に向かって礼をした。

両者が舞台から降りると新たな対戦者が上がる。

港町側からはリンが上った。

鎧を身に着け、兜で顔が隠れている所為か周囲には部外者だとばれていないようだった。

すらりと剣を抜き、剣先を相手に向けて構える。


「開始っ!」


審判役が始まりの声を上げる。

じりじりと互いの動きを見極めるようゆっくり距離を縮める。

先に動いたのは相手側だった。

一歩踏み込み剣を振り下ろす。


「たぁっ!」


リンは構えたままの姿勢を変えず、流れる足取りで横に避けた。

元いた位置は剣先が突かれていた。

二歩目の踏み込みで剣は軌道を変え、横に薙いだ。

リンは更にうしろに跳んで避ける。

一連の動きは一瞬のこと。

さらに相手は十字に剣を振るうが、空を斬るばかりでリンに当たらない。


「来いっ!」


逃げてばかりのリンに相手が発破をかける。

小さく息を逃したリンは構えを変えた。

両手で正面から握った剣を片手に持ち替え、頭上に構えて重心を落とす。

片手では両手で持つより握力が弱く力が出ない。

斬り結ばれたら力負けしてしまう。

それにリンは女で、鍛え抜かれた軍人相手では絶対的に力が足りない。

身軽で速いといっても正面で受けられたら勝機は薄い。


「……では」


リンは相手に向かって走り、構えた剣を投げた。


「なぁ!?」


予想外の動きに相手も周囲もざわめきを上げた。

速度が乗った剣の軌道が相手の胸元を擦る。咄嗟に上半身を傾けて避けたのだ。

いくら先を潰した剣といえど、当たれば大怪我は免れない。

飛んで来た剣の行く先を見送り、リンを再度目視する……のは叶わなかった。

そこにリンがいない。

気づいた時は遅く、防ぎようにも体勢を崩していてまともな防御が取れない。

飛んで来た剣を避ける為上半身をひねっており、迎え撃つ体勢をとる為の重心が崩れているからだ。

咄嗟に剣を持った手を振り上げるがリンの方が早かった。

相手のこめかみにリンの飛び蹴りが決まる。

脳に強い衝撃が走り、真っすぐ立っていられない程足がふらつき、手に持っていた剣を落とした。

きれいに着地したリンは剣を拾って相手のうなじに刃を当てた。


「……落とした方がいいのか?」

「し、終了っ!」


審判役が試合の終わりを告げた。

歓声はない。

皆、息をすることも忘れたのか口をあんぐり開けたまま固まっている。

勝ったリンは前の勝者に倣い、神官に向かって礼をして舞台から降りた。

まだ衝撃が残ってまともに立てない相手側は、しらばくして同僚たちに担がれていった。

リンに待っていたのはスエンの説教だった。

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