邑 2 (リオン視点)

「あのねぇクロウ。私はね、リーを探すなとは言わないよ? でも、ちょーっと経費使い過ぎなんじゃないかな、って思うんだよね。当てがあるわけでもなく森の外まで派遣する必要あったかな?」

「もちろんです」

「確かにリーをお前にあてがったのは私だよ? でも部下一人に入れ込み過ぎじゃないかな。リー以外にも従者は……」

「ですが叔父上、リーは一人しかいません」


先代の神官、リオンは頭を抱えていた。




実の父に疎まれ、後宮で乳母すらつけてもらえない甥を引き取り面倒を見てきた。

都の最高位の神官である長兄は歴代でも炎の力が強い実力者だった。

しかし、息子であるクロウは兄よりも才がある力を持って生まれた。

いつかクロウが神官を継ぎ、軽々と越えて行く力の差を恐れて、兄はクロウを葬ろうとした。

腐っている。

力に溺れた兄からクロウを守るために都を出た。

兄の手が届かない果ての地まで逃げた。

その為の準備として、放置街と呼ばれる貧民窟から避難民の子供を保護してクロウと共に育てた。

結果、お互いが無二の存在になってしまった。

大事と思える存在があるのは良い。

己を磨く理由になるし、相手の為に自分も大切にできる。

二人が共に成長し合うのは良いことだと思っていた。




クロウとリーが成人した年、リーがこっそりリオンへ面会に来た。

放置街で虫の息だった少年は身なりを整えると愛らしい顔立ちをしていた。

動けるまでに回復すると、活発に動き回り、好奇心のまま色々なものを吸収していった。

くるくると表情を変え、人形の様に心を動かさなかったクロウに感情を教えた。

リオンなりにリーを可愛がってきたし、もう一人の甥だと思って接してきた。

クロウと違い、素直な反応をするリーはリオン以外の大人たちからも可愛がられていた。

このままクロウを支える一柱として精進してもらいたかった。


『俺、女だけど、クロウの傍にいてもいいですか?』


そのリーが告白してきた事項に自分がやらかしたことを悟った。

眉を下げて窺うリーの様子から、良くないことだとわかっているようだ。


『えーっと…………クロウとは、恋仲……だったり、するのかな?』

『はぁ!? そんなわけないじゃないですかっっ!!』


真っ赤になって否定する様は肯定しているも同然だ。

少なくともリーが抱くクロウへの想いは恋と呼べるもの。

クロウもわかりやすい程、リーに執着している。

年頃の男女が四六時中一緒にいるのだからそういう感情が生まれても仕方がない。

クロウはリーが女であることを知らない。らしい。

クロウを裏切らない側近候補を連れてきたつもりだったけれど、よもや性別を誤ってしまっていたとは。

二人が好き合うのも良いか、とちらりと思わないこともなかったが、クロウの立場が良しとしない。

最悪、邑が滅んでしまう。

今でさえ離れ難い存在として互いを認識している。

行き場がなくなった人々の寄せ集めだった集団が数年掛かりでつくった居場所だ。

魔と隣り合わせの暮らしはけして安心なものではない。

数年の間で犠牲も出た。これからも出るだろう。

彼らの為にも、クロウがつくり上げる邑を守らなくてはならない。

必死でつくったのに、クロウとリー、どちらかが欠けた時点で邑が詰む。


『リーには、ルオウの手伝いをしてもらおうかな』

『手伝いとは?』

『神殿の警護だよ。伝えておくから詳しい指示はルオウからもらうように』


少しでもクロウとリーの距離を開けようと画策した。

クロウに疑われたが、リーも成人したので役目を与えたと説明して納得させた。

それでもクロウはリーを手放そうとせず、神殿内にいる様言い含めていたが。




嵐の真夜中、リーが行方不明になったと報告を受けた時、血の気が引く心地がした。

さっと思い描いた最悪な未来の光景が浮かぶ。

初めは取り乱していたクロウはやがて落ち着きを取り戻して政務に戻った。

後悔した。

無理を押し通して為政者でいるクロウは痛々しい。

裏で人を使って捜させてるが、本当は自分の足で探しに行きたいはずだ。

叔父の小言に言い返す元気はあるようだが覇気がない。

邑を捨てられない。邑の民のために神官の責務を忘れられない。

神官がいなくなれば魔が邑を浸食する。

リオンが生み出せる炎では魔からすべてを守りきれない。

クロウだから邑が発展したのだ。

クロウなくして邑は存続しないのだ。




「イ家から苦情が来ているよ。息子が帰ってこないって」

「難航しているのでしょう。手がかりをつかんだら帰ってきますよ」

「何年かけるつもりだい?」

「ーーーーリーが見つかるまで」

「そんなにリーがいいのか?」


リーは都を出てから邑の外に出たことが殆どない。

きっと迷子で帰って来れないだけ。

仕方ないから迎えにいかせている。

と、自分に言い訳しなければならない程、クロウの心は疲弊している。


「叔父上は、腕と脚がもげたことがありますか?」

「怖いな。ないよ、見ての通り」

「俺はリーがいなくなってからずっともがれてますよ」


クロウは苦しげに表情を歪めた。

肢体を掴む腕も、並んで歩んだ脚も、リーがいなければないのと同然。


「ずっと、心の蔵が痛い」


クロウは胸元を鷲掴む。

食い込む指より、嘆くことの出来ない胸の奥がずっと痛い。


「リャンの言う通り重症だな」

「元より」


当然だという答えにリオンは甥の違和感に気づいた。

リオンも良い歳の男だ。恋の一つも知っている。


「クロウ、お前は……もしかして、知っているのか?」

「……何を指しているのかわかりかねますが、『是(はい)』と言っておきましょう」


出会ってから朝も夜もずっと一緒なのだから、賢いクロウが気づかないはずがなかった。

知っていて傍に置いていたのだ、クロウは覚悟していたのだろう。

隣に誰かを置く重要性を。


「わかった。お前の好きにしなさい」

「ありがとうございます、叔父上」


扉を閉められ、リオンは長椅子に背を預け、大きく息を吐いた。

退室するクロウの横顔が印象に残る。

微笑っているはずなのに、泣いているように見えた。

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