第26話 ペリュオン伯爵の城へ


 僕は、もやもやした感情を持て余しながら通りを歩いていた。右頬には、まだあの柔らかい感触が残っている。それを意識すると、ひどく心が搔き乱されてしまう。


「あれって……やっぱり……キ……キスってやつだよな」


 言葉にすると余計にドギマギしてしまう。くそっ、リリムめ。とんでもないことをしてくれたな。僕は、は、初めてだったんだぞ。頬っぺたにキスされたのも、女の子から大好きって言われたのも初めてだったんだ。


 おかげで僕は、お前のキスの感触と言葉が頭から離れなくなってしまったじゃないか。ああもう、これから領主を説得しに行かなきゃいけないってのに、ちっとも集中できない。


「……いかん。これはいかんぞ」


 僕は、このままではダメだと思い、激しく何度も頭を振った。


 そうだ、いったん考えるのをやめよう。心を空っぽにするんだ。ほら、深呼吸して。すーはー、すーはー、すーはー……。


 そうしていると、だんだん心が澄み渡ってきて、僕をもどかしい気持ちにさせている一切のものが霞んでいった。


 あ〜~~、空気おいしい。


 ………………


 …………


 ……


「よし、完璧だ」


 雑念を封じ込めることに成功した僕は、気持ちを切り替えて領主のいる居城へと勇んで進んで行った。




◆ ◇ ◆




 それは、小高い丘に建っていた。やや縦に長い二階建ての城。外観には華美な装飾が施され、広い庭には噴水まで設置されている。まるで権威を誇示しているようだ。これっぽっちも品を感じさせない。領主の下劣な人となりが如実にょじつに表れているな。


 嫌悪感を覚えながら門扉まで進む。すると突然、その両脇の置物が言葉を発した。


「「合言葉を言え」」


 ドラゴンを模した灰色の石像たちの瞳が青く光る。どうやらこれは、ガーゴイルと呼ばれる侵入者撃退用の彫刻のようだ。


「合言葉? そんなものは知らない。だが、僕は決して怪しい者じゃないんだ。領主と話がしたいだけで……」


「「合言葉が違う。立ち去るがよい、招かれざる者よ」」


「いや、ほんの少し領主様と話がしたいだけなんだ。どうにか、お目通りを許してもらえないだろうか?」


「「立ち去るがよい」」


 ふむ、やはりダメか。こいつらは近くに来た人間に合言葉を尋ねて、正しい言葉を言えた者を通し、それ以外の者は追い返すという単純な言動しかできないもんな。さて、どうしたもんかなぁ。


「「……退去命令に従わぬか。領主に対して敵意ありと判断する」」


「ん?」


 僕が思案しながら突っ立っていると、ガーゴイルの瞳が青から赤に変化した。それから、石の翼を羽ばたかせて宙に舞い上がった。


「「貴様を敵性個体と認識した。これより排除行動に移る」」


 二体のガーゴイルがパカッと口を開く。そこから僕へ向かって光線が放たれた。


「おっと」


 僕はパッと飛び退いてそれらをかわす。


「おいおい、ちょっと考えごとをしてただけじゃないか。ただ黙って立ってただけなのに攻撃してくるか普通?」


 どうやら、領主がそういう設定にしたらしいな。はっ、いい性格してるよ、ホント。


 しかし、あの光線は速いな。トカゲに変身したヴェルガーと同じくらいの速度だ。しかも、それが当たった地面がドロドロの溶岩状になっている。とんでもない熱量だな。直撃すると、さすがにマズいか? これは、さっさと倒してしまった方が良さそうだ。


 そう判断した僕は魔剣を出現させると、大きく跳躍して瞬時にガーゴイルたちとの距離を詰め、その石で出来た体をバラバラに切断した。僕が着地するのと同時に、ボトボトとガーゴイルの欠片が落下してくる。


「はい、いっちょあがり、っと」


 僕はそれらを尻目に、スタスタと門扉を開けて庭へ進んだ。


 庭にも至るところに侵入者対策と思われる彫刻やら罠やらがたくさん仕掛けられていて、僕を排除しようと襲いかかってきた。が、僕はなんなくそれらを片付け、城内へと侵入することに成功したのだった。

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