第24話 リリムが金を稼ぎたかった理由


 ゲビンを救出してから間もなくして、バッグが宝物でいっぱいになったので、僕たちは【辺獄迷宮】の探索を終えて地上へ向かっていた。




「ゲビンのヤツ、許せないっす! 兄貴に助けてもらったのに、お礼の一言もないなんて!」


 道中、並んで歩いているリリムが不満を爆発させていた。両目をつり上げ、ほっぺたをプクゥッと膨らませながらゲビンを非難し続けている。


「まあまあ、そう怒るなよ。僕は気にしてないからさ」

「兄貴は優しすぎるっす! もっと怒っていいっすよ!」


 いやぁ、あんなモノを見せられたら怒る気も失せるって。それどころか、思い出したらまた笑いが込み上げてくるし。もう完全に滑稽こっけいさが上回っていて怒りなんて湧いてこないんだよなぁ。


 でも、それを女の子のリリムに言うのもあれだからなぁ。と、僕が黙考している間にもリリムは、「たとえ神様や兄貴が許しても、オイラは許さないっす!」なんてことを口にしていた。


 まあ、リリムもゲビンとは一悶着ひともんちゃくあったもんな。あの時の恨みも合わさって余計に、ゲビンの無礼な態度に憤慨ふんがいしているんだろう。ふむ、その気持ちは分からなくはない。


 しかし、正直もうどうでもいいんだよな、あんなヤツ。だから、そんなどうでもいいヤツのことで怒るなんて不毛だろう。ムダに心がささくれるだけだ。なら、さっさと忘れるにかぎる。


 そう思った僕は、リリムの気がそれるような話題を振った。


「ところでリリム、お前は稼いだ金を何に使うんだ?」

「ふみゅ?」


 僕が質問すると、リリムは一瞬で表情を素に戻した。


「あれだけしつこく僕を誘ってきたんだ。かなりの大金が必要だったんだろ? その使い道が気になってな」

「あ、あはは……。そこ、気になっちゃうっすか」


 リリムは恥ずかしそうな、困ったような顔をする。しばらくうつむいたまま指先で鼻の頭を触っていた。それから、何度か口を開きかけては閉じてを繰り返した。ずいぶんと長く、会話がないまま歩いていた。


 どれくらいそうしていただろうか? 僕がそろそろ、「話したくなければ別にいい」と言おうとした時だった。ふいにリリムが、ポツリとこぼした。


「オイラ……流民るみんを助けたかったんす」

「流民?」

「そうっす。オイラの生まれ育った村に、たくさんの流民が助けを求めてきたんす」


 ふむ……。難民が戦争、天災、迫害などを受けて故郷を追われた人々であるのに対して、流民は主に経済的な理由で故郷を捨てた人々だったか?


「アスガルド辺境伯領の隣の、ペリュオン伯爵領の人たちなんすよ。あそこの領主がひどいヤツで、かなり重い税をされてたみたいなんす。それに耐えられなくて、魔物や盗賊に襲われる危険をおかしてまでどうにか逃げてきたって話っす。でも、オイラの村も彼らを受け入れられるほど裕福じゃないんすよね。もっとはっきり言っちゃうと、自分たちが食べていくだけで精一杯なんす。けれど見捨てるなんて、そんな可哀想なこともできないじゃないっすか? だから、なんとかしてあげたくて……」


 話を終えるとリリムは、さも決まりが悪そうに笑った。そして、「善人ぶってるって思われるのがイヤなんで言いたくなかったんすよ」と付け加えた。


 聞き終えた僕は、なかなか言葉が出てこなかった。


 リリムが自分のためじゃなく、えんもゆかりもない人々のために行動していたという事実が信じられなかったからだ。


 人間、誰しも自分が一番かわいいもんだ。他人のために身を粉にして働けるヤツなんていやしない。もしいたとしても、見返りを求めたり、打算があって手助けする者ばかりのはずだ。


 それが、15年ほど生きてきて、多くの人と関わってきた僕の自論だった。


 そんな僕の価値観が、ガラガラと音を立てて崩れ去った。


 同時に、リリムへの尊敬の念が湧いてきた。


 よくよく思い返してみれば、こいつは知り合いもいない不慣れな都市へ一人で出てきたんだよな。そう、たった一人でだ。どれほど心細かったか、僕には到底、察することはできないだろう。


 それに、冒険者になることにだって、ずいぶんと抵抗があったんじゃないか? 体格の大きい男ばかりの集団へ入っていくのは、女の子からしたら相当に勇気のいることだったはずだ。僕が同じ立場だったら、そんなに大変な思いをしてまで赤の他人を助けようと頑張れはしないだろう。


 考えれば考えるほど、リリムの他者を思いやる心の深さと芯の強さを痛感させられる。僕より背の低いリリムが、とても大きく感じられた。なんだか輝いて見えて、カッコイイと思えた。


 ……けれど、一つだけ不満があった。


「バカだな、お前は」

「え?」


「どうしてそれをもっと早く言わなかったんだ? そういう事情を先に聞いていれば、わざわざ危険なダンジョンで金を稼ぐ必要もなかったのに」

「ふぇ? それ、どういうことっすか?」


 目を丸くしているリリムに、僕は説明してやった。


「その流民の問題は、原因をどうにかすれば簡単に解決するのにさ」

「原因を?」


「そう。そもそも流民が生まれる原因はペリュオン伯爵が課す重い税だろ? なら、税率を下げてくれるように領主を説得すればいいのさ」

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