第23話 罠からの救出 (後編)


「それじゃあ、リリムはそこの石の上に座って荷物を見張りながら、ここを開けててくれ。他の出口がなかったときはここに戻ってくるからな」

「はいっす」

「じゃあ、行ってくる」

「兄貴、くれぐれも気をつけてくださいっす」


 僕はコクリとうなずくと、リリムを残して坂を滑っていった。らせん状に造形された長い道は、まるで巨大なヘビの住処すみかのようだ。


 そんな所感が頭に浮かんだころ、僕の足が床を踏みしめた。行きつくところへ着いたようだ。


「なんだ? やけに明るいし……それになんだ、この暑さは?」


 そこは、カンテラなど足下にも及ばないほどの明るさに満ちていた。周囲に目を向けてみる。


 その灯りと熱気を発するものの正体は、見渡す限りの炎だった。果てしなく広がっているかに思える空間には、至るところで巨大な焚火たきびが燃え上がっていた。


「いや……違う」


 焚火じゃない。目を凝らしてよく確認してみると、それがただの炎ではないことに気づいた。


 それは、体長1メートル前後の、全身に炎の体毛をまとった犬のような姿をした魔物だった。


「初めて見る魔物だ。リリムがいれば、この魔物の詳細が分かるんだがな」



ひぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!



「ん? 遠くの方から声が……あっ」


 突如、耳に届いてきた何者かの悲鳴。それが聞こえてきた方角へ視線を送ってみる。するとそちらには、この炎の魔物の群れに追い立てられているゲビンの姿があった。


「なんだ、罠にかかったのはお前だったのか」



「うわぁぁぁ来るなぁぁぁ!!!」



 ゲビンは、せわしなく手足をばたつかせながら逃げている。そりゃあもう必死で走っている。その顔は真剣そのもの。だが、涙と鼻水と汗でびしょ濡れになっているせいでどこか滑稽こっけいだ。なんだか笑えてくる。



ブォォォォォォ!!!



「だぁぁぁぁぁぁあちゃぁぁぁぁぁ!!!」



 魔物が口から吐いた炎が下半身を襲い、ゲビンが再び絶叫した。文字通り、尻に火がついた状態になったゲビンはさらに表情を歪ませた。


 ゲビンには申し訳ないが、なんとか火を消そうと尻をペシペシ叩きながら逃げ惑う様子が、すっごい間が抜けてて面白いんだよなぁ。ずっと見ていられる。


 うん、そうだな。しばらく見てようか。まだまだ元気があって大丈夫そうだしな。本当に危なくなったら助けに入ればいいだろう。


「お前は僕のことを逆恨みして仕返ししようとしてたようなクズだしな。これぐらいのバチがあたって当然だろう。まぁ、神様はちゃんと見てるってことだ」



グルルルルルル



「お?」


 うなり声がしたから周りを見てみる。そしたらなんと、僕はすっかり魔物たちに囲まれてしまっていた。ゲビンのことを眺めるのに集中していたせいで、接近されていることに気づけなかった。


「僕としたことが、うっかりだ。ゲビンを笑ってる場合じゃなかった。自分のうかつさが恥ずかしい。穴があったら入りたい。……というか、ここがもう穴の底か。なんだ、すでに入ってたじゃないか。手間が省けてよかったよ。ははっ」


「グルルルルルル……グルガァァァッ!」


 軽口を叩いていると、犬のような魔物たちが一斉に僕へと飛びかかってきた。


「おいおい、そんなに焦るなよ。僕は逃げたりしないって」


 手に持っていたカンテラを床に置き、剣を出現させる。そして、魔物どもをなでるように手首を動かした。首、胴、手足がバラバラになって落下していく。僕は、一滴も返り血を浴びることなく、そいつらを全滅させることが出来た。


「ふむ、僕もだいぶ剣の扱いが上手くなったな」


 しばらくダンジョン内で過ごす間に色々と実験してみた。おかげで出来ることが増えた。魔剣と魔鎧の性能をより深く理解できたし、五感の鋭鈍えいどんも思いのままに調節できるようになった。


 気を張りつめれば、周囲の状況が手に取るように分かる。目でなくても後ろにいる敵の動きまで把握できるし、微かな音や匂いにも敏感に気づけるようになった。


「ふふふっ、もう相手が何者だろうと負ける気がしないよな」



「うっぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」



「おっと、そろそろゲビンを助けてやるか」


 叫ぶ元気があるならまだ余裕かと思うが、あんまりいじわるするのも悪いからな。僕ってのは本当に人格者だよなぁ。


 なんて自画自賛じがじさんしつつも、ゲビンを襲っている魔物たちをキレイさっぱり片づけてやった。


「はひっ、はひぃっ、お、おま、お前……」

「無事でよかったなゲビン。僕が来なきゃ死んでたところだぞ。……なぁ、僕に何か言うことがあるんじゃないか?」


 ゲビンはゼーハーと荒い呼吸を繰り返しながらバツが悪そうに僕から目をそらした。


「おい、ありがとうの一言も言えないのかよ。かわいくないな。……ふんっ、まあいいさ。ほら、立てよ」


 へたりこんでいるゲビンに手を差し出す。だが、ゲビンは僕のその手をねのけた。そして、ガクガクと生まれたての小鹿のような動作で立ち上がった。その態度にカチンときた。


 一発くらい殴ってもいいかな? こいつの頭がザクロみたいに弾けるかもしれないけれど、大丈夫だよな? 死ぬけど問題ないよな? 僕が助けなきゃ失っていたはずの命だろ? なら、僕の好きにしていいよな?


 と、わりと本気の殺意が湧いたときだった。ゲビンのズボンと下着が、ストンとずり下がった。どうやら魔物の炎に焼かれてヒモが切れてしまったらしい。おかげで、ゲビンの下半身があらわになった。


「……ぷふっ。お前、図体のわりに小さいんだな」

「なっ!?」


 ゲビンが顔を真っ赤にして、大事な部分を両手で隠す。だが、もう遅い。バッチリ目に焼きついてしまったからな。


 ふっ、よかったなゲビン。お前の粗末なモノを見たおかげで、殺意なんて吹き飛んでしまったよ。自分の股間に感謝するんだな。

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