第21話 罠からの救出 (前編)


 ダンジョンの探索を開始してから数時間が経った。現在、僕たちは18階層にいる。順調に進んでいた。リリムの鑑定で宝部屋への隠し通路もいくつか発見し、大量の希少なアイテムを手に入れることができた。


 もう少しでバッグがパンパンになる。そろそろ引き返してもいい頃だ。


「兄貴、なんか落ちてるっすよ」


 リリムがそれらを発見したのは、僕が地上へ戻ろうと提案しようとしていた矢先のことだった。


「バッグに、倒れて火が消えたカンテラ、それから戦斧か。通路に魔物―――デスマンティスの死骸があることから察するに、誰かがここでこいつと交戦したんだろうな」

「でも、その人は武器や荷物を置いてどこへ行ったんすかね? ま、まさか、他の魔物に食べられちゃったんじゃ……」


「いや、それはないな」

「え? どうしてっすか?」


「魔物はみんな雑食なんだ。魔物の死骸だって食べるだろう。それなら、人間を食べて魔物の死骸だけ残すってことはないよな」


 もし、その人間を食べて腹がいっぱいになったんだとしても、ここにまだ食べ物が残ってるんだから、次の獲物を探しに別の場所へ移動する理由もない。ということは、ここに他の魔物が来た可能性はゼロだ。


「あっ、そっか。でも、それじゃあこの荷物の持ち主はどこへ行ったんすかね?」


「ふむ、そうだな……。武器や荷物を放り投げてでも逃げ出したくなるような恐ろしい魔物にでも遭遇したか、あるいは落とし穴のような罠にかかったかだな。だが、前者の可能性は低いだろう。さっきと同じ理由で、そんな魔物がいたのならこのデスマンティスの死骸を食べずに素通りするなんてことはありえないからな」

「たしかにそうっすね。ってことは、罠にかかったってことっすか?」


「そういうことだ。……ふむ、魔物の血が乾ききっていない。その誰かが罠にかかったとすれば、この魔物を倒した後だろうから、まだそれほど時間は経っていないようだ。リリム、この辺りの通路を調べてみてくれ。助けられるなら助けたいからな」

「さすが兄貴! 了解っす!」


 リリムが嬉々として≪鑑定≫を唱える。すると、罠はあっさりと発見された。


「……なるほど。通路のこの石に重さが加わると横の壁が開いて、足場が壁側に傾く仕組みか。いきなり床が斜めになればバランスを崩して壁の方へ倒れる。すると、開いた穴の底へ真っ逆さま、か。よくできた罠だな」

「うひゃー、カンテラで照らしても底が見えないっすよ」


「ふむ、だいぶ深そうだな。これだと、僕一人で行った方が良さそうだ」

「ええ!? 兄貴、オイラを置いていくんすか!?」


「だってしょうがないだろ。この罠の先にどんな危険が潜んでいるか分からないんだ。それに、もし出入口がここしかなかったらどうする? この壁を開け続けるために、誰かが残っててくれないと困るじゃないか。内側からは開かない仕組みなんだろ?」

「うぐぅ、そうっすけど……」


「そういうわけだから、お前はここで待機だ。なぁに、さっき見つけたアイテム―――【魔除けの鈴】を装備していれば大丈夫だろ?」


 魔除けの鈴の効果は、装備すれば魔物が寄りつかなくなるというものだ。なにも問題はないはずだよな? 


 なのにリリムは服の裾をギュッと握って、唇をへの字に曲げている。さらに、じわっと目尻に涙がたたえられてきた。その上目遣いの瞳が、一人にしないでと訴えかけてくる。


 むぅ、そんなにイヤなのか? ……まぁ、戦う力のない女の子だもんな。いくら安全が保障されていても、こんなダンジョンのど真ん中で放置されるのは心細いか。


 そう思い至った僕は、リリムの不安を解消してやろうと、努めて優しい声をかけた。


「心配するな、すぐに戻ってくる」


 笑いかけながら、ぐしぐしと頭をなでてやる。すると、リリムはプイッとそっぽを向いた。


「……本当に、すぐ戻ってきてくれるっすか?」

「ああ、もちろん」

「絶対っすよ? 絶対絶対、絶対っすよ?」

「ふっ、約束するよ」


 僕はリリムの手を取って指切りした。なんとも面倒なやり取りだったが、不思議と悪い気はしなかった。

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