第23話 竜騎士ヴェルガーを殺そう 3/4


「この……しゃくさわる野郎だ! 俺を怒らせたこと、後悔するなよ! 元の形が分からなくなるほど殴って殴って殴り殺してやるぜ! 今さら謝っても許さねぇからな!」

「ふんっ、最初から僕を生かしておく気もないくせに、よく言うよ」


 人をダンジョンで囮にするような連中だっていう悪評を広められたら困るだろうから、こいつは僕をなんとしても殺そうとするよな。地位も権力もない僕が騒いだところで人々に信じてもらえるとは思えないのだが、こいつらからしたらどんなに小さな火種でも消し去りたいはずだし。


「無能のクセに、よく分かってんじゃねぇか! 褒美ほうびにこいつをくれてやる! 派手にはじけろや!」


 激昂げきこうしたヴェルガーが殴りかかってきた。こいつは竜騎士のくせに剣や槍を使わず素手で戦うのを好むヤツだもんな。しかし……ふむ。思ったより速くないな。動きが丸分かりだ。あのゲビンと同じくらいだろうか? どうやら推測通り、僕の方がこいつより上らしい。


 僕はかなり強くなったし、勝てる自信もあった。とはいえ、本当にこの力がお前に通じるのかは実際に戦ってみるまで分からなかったから少し不安だったんだ。でも、とんだ杞憂きゆうだったな。


 僕は胸をなで下ろしつつ、さしたる苦もなくヴェルガーの拳をかわしていく。顔に向かってくれば首を傾け、腹に向かってくれば横に飛ぶ。どれも最小限の動作で回避していく。


「おらおら、どうした!? 反撃してこねぇのか!? それとも避けるだけで精一杯か!? ガハハハッ、どうせそんなこったろうよ! テメェみてぇな無能がどれほど力を得たところで俺に勝てるわけがねぇんだからなぁ!」


 僕が手を出さずにかわしてばかりいたので、ヴェルガーはそう解釈したらしい。まったく、これだけ余裕で攻撃をかわされてるのに、相手と自分の力量差に気づかないのかよ。おめでたいヤツだな。


 けれどまあ、自分より強い人間と戦った経験がほとんどないのならこんなもんなのかもな。自分の方が上で当然だと決めつけているから、相手の力量を測ろうとしたことがないんだろう。


 さて、それじゃそろそろ現実を教えてやるとするか。

 


パシッ



 顔面へ一直線に突きこまれてくる右拳を手のひらで受けとめる。ヴェルガーがピクリと片眉を上げた。


「ダメだな。全然ダメだ。こんなものはパンチじゃない。僕が手本を見せてやるよ。パンチってのはこうするんだ」


 僕はヤツの拳を離すやいなや、腹部に左拳をえぐりこんだ。


「がはぁっ!?」


 鎧が砕け散り、ヴェルガーが大きく目を見開いて体をくの字に曲げる。それにともなって下がってきた顔を横から殴打する。


「ぶふっ!?」


 その一撃で兜が外れる。そこからさらに、無防備になった右頬と左頬へ交互に拳を見舞っていく。


「ぐっ、ぎっ、ごっ、がっ」


 口内を切ったようで、殴るたびに血を吐き出す。歯も何本か折れて飛び出してきた。その光景に気分を良くした僕は、どんどん追撃していった。


 こめかみ、わき腹、へそ、みぞおち、腕、肩……。殴りやすい位置にある部位を片っ端から拳打する。ヴェルガーは一方的にやられる案山子かかしとなっていた。


 やがて、だいぶ満足した僕は最後のめに、ヴェルガーのアゴを右拳で跳ね上げた。


「ぐぅっ!」


 大柄なヴェルガーが宙を舞う。もんどり打って地面にうつ伏せになった。


「が……があ……ど、どういう……ことだ? ……この俺が……こんな……無能に……」


 顔を腫れ上がらせ、かすれる声でうめきながら地面に両手をついて上体を起こそうとする。けれど、僕の攻撃が相当に効いているらしく、思うように体を動かせないみたいだ。僕は、そんなヴェルガーのそばに寄ってしゃがみ込んだ。


「どうしたヴェルガー? もう終わりか?」


 我ながら、憎たらしい口調であおる。満足するまで殴ってやったから、肉体的な痛みは十分だろう。だから、精神的にも痛めつけてやらないとな。


 僕は喜々として、ヴェルガーのプライドを傷つける言葉をどんどん投げつけていく。


「あれほどエラそうなことをのたまっていたわりに、ちっとも手応えがないじゃないか。まさか、お前がこれほど弱いとは思わなかったよ。動きは鈍いし、腕力は乏しいし、肉体は脆いしさ」

「は……はぁ!? テメェ……なに寝ぼけたことを……言ってやがる!?」


「おいおい、まだ分からないのか? 僕とお前との間には、決して越えられない高くて分厚い壁がそびえ立ってるってことに。お前がそうやって地面にいつくばってるのがいい証拠だろう」

「これは……そ、そうだ! 試練を終えたばかりで……疲れてて……本調子じゃねぇだけだ! じゃなけりゃ……テメェごときに……おくれを取るはずがねぇ!」

「疲労を差し引いても絶望的なへだたりがあるだろうに」


 こいつ、ここまでやられているのにちっとも己の弱さを認めようとしないな。


「察しが悪すぎやしないか? それとも、気づいてるのに気づかないふりをしてるのか? ……まあ、どっちでもいいさ」


 僕は立ち上がると、ヴェルガーの頭を踏みつけた。


「ぐあっ! テ、テメェ……無職の無能の分際で……貴族である……俺の頭を……」


 ヴェルガーが怨嗟えんさのこもった声をもらす。けれど僕はそれにかまわず、ぐりぐりと足裏で踏みしだいていった。プチプチと髪の毛が抜け落ちていく。


「くそがっ……この汚ねぇ足を……どけろ!」

「どけるわけないだろ。これから最後の仕上げをしなきゃならないんだ。このまま少しずつ足に力を加えていって、お前の頭がペシャッてなるところを拝んでようやく、僕の復讐は達成されるんだからさ」

「ナ……ナメやがっ……てぇぇぇ!」


「ほらほら、頭蓋骨がきしんでるぞ。もうすぐあの世が見えてくるんじゃないか?」

「んぎ……ぎぎぎ……」


「痛いよな。苦しいよな。やめてほしいよな。だったら命乞いしてみろよ。上手に鳴けてる間だけ力をゆるめてやるからさ。頑張れば数分くらいは延命できるんじゃないか?」

「お、の、れ……」


「なあ、今どんな気持ちだ? 自分のことを天才だって思っているヤツが、無能って見下している人間に逆に見下されてる気分はどうだ?」

「……」


 ヴェルガーは、ついに何も言わなくなった。ぎりぎりと歯ぎしりする音だけが聞こえてくる。かなり悔しがってくれているようだ。それが分かると、僕は胸がスッとした。透き通るような爽快感に包まれた。

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