第24話 竜騎士ヴェルガーを殺そう 4/4


「※※※※※※※※※※※※」

「ん? ん!?」


 僕が上機嫌で鼻歌をかなでていると、唐突にヴェルガーが小声でなにかつぶやいた。


 その途端、辺りの大地と大気が震えだし、ヴェルガーの体が黄金の輝きを放った。まばゆい光に目がくらみ、数歩ほど後ずさる。


「なんだ? なにが起きてる?」


 ややあって、光が収まってから顔を向ける。すると、眼前にヴェルガーが立っていた。


「お前、その姿は……」


 見れば、ヴェルガーの頬や首や腕などが、さっきまでなかった金色の爬虫類じみたうろこで覆われていた。瞳や髪の色まで金色だ。そして、背中にはドラゴンの双翼が生えていた。その上、僕から受けた傷が癒えている。


「ちっ、テメェみてぇな無能に、この究極の力を使うことになるとはな」


 ヴェルガーが苦虫をみつぶしたような表情を浮かべる。


 究極の力だと? なにがだ? というか、どうして今それを使ったんだ? 馬車でこいつが自慢してたから獲得したことは知っていたが、僕はてっきり魔力が残ってないから使えないんだと思ってたのに。……いや、魔力が空っぽでも使えるスキルなのかもな。


「万全の俺だったらこの力を使わなくてもテメェなんて余裕で倒せるんだが、思ったより疲れが酷かったらしい。しゃーねぇわな。このスキルを出し惜しみして、無職の無能ごときを調子に乗らせるよりはマシだ」


 ふむ、どうやら魔力がなくて発動させられなかったのではなく、プライドが邪魔をして躊躇ためらっていたようだな。


 いや、それはまあ置いといて―――


「う……うわ~……」


 僕は顔をしかめて後ずさった。ヴェルガーが未だに自分の弱さを認めていないことにあきれたからではない。


「なんだ、無能? 俺のこの姿を見てビビってんのか?」


 僕の反応をみて、ヴェルガーが口端を歪める。


「あぁあぁ、そうだろうなぁ! 凄まじい強者のオーラがあふれ出ちまってるもんなぁ! これは、竜神とあがめられている最強の竜種、カイザードラゴンの身体能力をこの肉体に宿した姿だぜ! 竜神の試練をやり遂げた竜騎士だけが得られる究極のスキル―――≪カイザードラゴンフォーム≫だ! この姿の俺はすげぇぞ! 稲妻のような速さで地を駆け、その拳は山をも砕き、どんな金属よりも硬い皮膚は如何いかなる攻撃も通さねぇ! ガハハハッ、恐れ入ったか!」


「そんな……まさか……」


 僕は愕然がくぜんとする。


「まさか……究極の力っていうのが……“トカゲに変身するだけのスキル”だったとは……」

「なっ!?」


 僕の言葉に、ヴェルガーの笑顔が一瞬で凍りついた。


「うわ〜、見れば見るほどキモいなぁ。ただのトカゲならまだしも、羽がくっついてることでさらに気持ち悪さが際立ってるよ」

「こ、こ、この雄々おおしく気高い姿を……キモいだと!?」


「はっきり言わせてもらうが、そんな醜い姿じゃ外を歩けないってレベルだからな? 少なくとも、僕なら恥ずかしくて死ぬぞ」


「テメェ、この無能野郎! どこまで俺を侮辱ぶじょくすりゃ気が済むんだ!? うぁぁぁもう、とことん頭にきたぜ! 絶対に許さねぇ! ただ殺すだけじゃ足りねぇ! 生きたまま内蔵を引きずり出して、ゴブリンのエサにしてやらぁぁぁ!」

「事実を述べただけなんだが……ふん、まあいいや。かかってこいよ。トカゲごときに変身したところで相手にならないってことを教えてやるよ」


 僕がまた手まねきして挑発すると、憤怒ふんぬ形相ぎょうそうを浮かべてヴェルガーが突撃してきた。


「む?」


 それを見て、僕は少し驚いた。なんと僕の目には、見えていたんだ。


 速い。これまでとは比べ物にならないほどのスピードだ。僕はそのことに感心して見入ってしまっていた。そのため―――



ドゴォンッ



 ヴェルガーの攻撃をかわせず、腹部を殴られた。鈍い痛みが、じわりと広がっていく。それは、魔剣を手に入れて以降、初めて受けたダメージだった。


「……へぇ、トカゲのくせに、少しはマシな攻撃ができるんだな。見直したぞ」


 もっとも、ダメージと言ってもたいしたことなかったけれど。ちょっとズキズキするくらいで、しばらくすれば痛みはひくだろう。これくらいじゃ、まったく致命傷になりはしない。


「ウ……ウソだろ? まともに入ったじゃねぇか? な……なんでまだ……立っていられるんだ?」


「は? そんなの当たり前だろ。この程度の攻撃で倒れるわけないじゃないか」

「バ……バカな……ありえねぇ……竜騎士の……究極の姿での……渾身の一撃だったんだぞ?」


 ヴェルガーがひるむ。全身をわなわなと震わせながら、どんどん後退していく。歯の根が合わず、カチカチと上下の歯を打ち鳴らしている。その表情にはハッキリと絶望の色が表れていた。


「ほう? その様子だと、どうやらようやく理解してくれたみたいだな。僕とお前との力量差を。それもそうか。さすがにもう疲れているなんて言いわけもできないしな」


 僕との距離がだいぶ離れたところで、ヴェルガーが地面にひざからくずれ落ちる。完全に戦意を喪失したらしい。


「ウソ……ウソだ……信じねぇ……俺は信じねぇぞ。……この俺が……無能より弱いなんざ。ありえねぇありえねぇありえねぇ」


 なんか、狂ったようにありえねぇを繰り返してるな。


 ヴェルガーは、しばらく念仏のように同じ言葉を唱えていた。


 が、やがて唐突に声が途切れた。かと思えば、ヴェルガーは不気味な笑みを浮かべた。


「……あ……ああ……そうか……これは悪夢だ。……これは……悪い夢なんだ。……ひ、ひひっ、あはははははは」


 だらしなく口を開けて笑いながら天を見上げている。するとまもなく、変身は解除された。


「あひ……ひは……あははは……早く目が覚めねぇかなぁ……そしたら酒を浴びるほど飲んで……女どもと楽しむんだぁ……あ、あは……あははは……」

「お、おいおい……これはもう、心が壊れちゃってるじゃないか」


 ヴェルガーは、ひたすら笑い続けている。目は焦点を結ばず、口からだらりと舌を出していた。


「……まあ、自信過剰なヤツがその自信をへし折られたらこうなるのかもな。……しかし、不憫ふびんだなぁヴェルガー。お前は憎むべき復讐相手だが、さすがに今のお前の姿はかわいそうで見るにえないよ」


 僕はヴェルガーにあわれみの視線を送りながら、徐々に近づいていった。


「まってろ。今、楽にしてやるからな」


 ヴェルガーの正面に立つと、僕は右拳を大きく振り上げた。ふうっ、と一つ深呼吸をする。


「……じゃあな、ヴェルガー」


 別れの言葉をつぶやくと、僕は彼の頭へ思いっきり右拳を振り下ろした。


 水気を含んだ果物が地面に落ちて潰れたときのような音が辺りに響きわたった。

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