第20話 冒険者が絡んできた (後編)


 そいつは鼻血を噴き出しながら宙を一回転したのち、地面へと仰向けに倒れた。体を痙攣させながら目を回している。失神しているようだな。その光景を見て、他の二人が驚きをあらわにする。


「な、なんだ!? なにが起きた!?」

「どうしてゴーマンが倒れてるんだ!?」


 なに? ゴーマンだと? もしかしてこいつは、Sランク冒険者のゴーマン・ヴェルディールなのか? 


 たしか剣闘士という、攻撃力が高くて多彩な武器を使いこなすことのできる恵まれた職業ジョブを備えた人物だったはず。千変万化のゴーマンという二つ名は、たびたび冒険者たちの間でささやかれていたが……。


 いや、まさかな。Sランク冒険者が、たとえ油断していたとはいえ、こんなにあっさり倒れるはずがない。


 たしかに、そこまで手加減したってわけではないけれどさ。Sランクダンジョンを鍛練場にしているような冒険者なら、少しくらい力を込めて殴っても大丈夫だろうと思ってな。


 とはいえ、たった一撃でびるだなんて、そんなことがあるわけないよな? 


 Sランク冒険者っていうのは、単騎でSランクの魔物を討伐できる者たちなんだ。Sランク認定された魔物というのは、そいつ一匹で大都市を滅ぼしかねない戦闘力を持っているのに、それをたった一人で狩れる人間なんだぞ。


 そんなヤツが、たった一発の拳撃けんげきで鼻血を噴いて気絶するか? あのヴェルガーには及ばないにしても、これはちょっと弱すぎるだろ。


 ……それともあれか? ≪吸収≫によって加算されたヴェルガーの能力値が思ったより高かったのか? 僕が強くなっているから、こいつが弱く感じられるのかな?


「テメェ! なんかしやがったな!?」

「この野郎! ただじゃおかねぇぜ!」


 僕があれこれ考えていると、しばらくゴーマンの安否を気づかっていた二人が急に声を張り上げて襲いかかってきた。その口ぶりだと、僕がそいつに何かをしたという確証がないようだ。僕の拳が二人にはえていなかったらしい。


 それなのに、僕がやったと勝手に決めつけるなんてどうかしてる。


 まあ、僕がそいつを殴ったことは事実なんだけれどな。


「おらぁ!」


 と、そんなことを考えている間に二人のうちの片方が殴りかかってきた。ふむ、たいした速度じゃない。これなら、ゲビンやヴェルガーの方がまだいい動きをしていたかもな。


 彼らと襲いかかってくる男の速さを比較して品評する。そうして時間を潰しているうちにようやく拳が僕の顔面に迫ってきた。その右拳を避けつつ足を引っかけてやる。そいつは、つんのめって何度かたたらを踏んだあと、地面にズサーッと倒れこんだ。


 その男の背中を踏みしだく。「ぷぎゅっ」っというカエルが潰れたような声がして、そいつは動かなくなった。気絶したらしい。


 それを確認してから、もう片方の男に注意を向ける。そいつも、ただ考えなしに突っ込んできたので、鳩尾みぞおちに掌底を打ち込んで黙らせた。


「……っ、んの野郎!」


 するとそこで、ゴーマンが意識を取り戻した。


「よくも……よくもこの俺に血を流させたな! ぶっ殺してやらぁ!!!」


 そいつは腰にいていた剣を抜き放つと、怒声を上げながら躊躇ちゅうちょなく斬りかかってきた。


「おいおい、物騒なもん振り回すなよ」


 僕の左肩に向かって剣が振り下ろされてくる。僕はそれを片手でつかむと、グッと指に力を入れた。



ビギィィィィ!!!



 けたたましい音を立てて刀身が砕け散る。ゴーマンの顔が驚愕に引きつった。


「バ、バカな!? はがねの剣だぞ!?」


 ゴーマンがゆっくりと後ずさる。その顔からは血の気が引き、足がガクガクとせわしなく震動しんどうしている。


「あーあ、人がせっかく必要以上に傷つけないように配慮して、無手で相手をしてやってたのにな。そっちが剣を抜いてしまったら、こっちも抜くしかないじゃないか」


 僕は魔剣を出現させ、眼前の彼の喉元へ突きつけた。


「その剣、どこから……ま、まさか、レジェンド装備!? お前は一体、なん―――」

「さて、どうしてやろうかな?」


 僕はゴーマンの言葉を遮って、突きつけた剣を軽く押し込んだ。ゴーマンの首からツーッと血がしたたる。


「っ!? ま、まて! こ、降参だ!」


 ゴーマンは砕けた剣を放り出し、両手を上げた。


「降参だと? 今さらそれはないよな。あんな風に思いっきり斬りかかってきておいてさ。お前、明らかに僕を殺す気だったろ? 本来なら、問答無用で斬り返されていても文句を言えないんだぞ?」

「わ、悪かった! 頭に血が上っちまってて、どうかしてたんだ! 本当にすまなかった! 許してくれ! この通りだ!」


 そいつは勢いよく地面に両手と両膝をつくと、さらに額まで擦りつけた。それは、謝罪する気持ちを相手に示す最上位の体勢だった。それを見て、僕は冷笑を浮かべた。


「ふんっ、そんな形だけの謝罪になんの意味があるっていうんだ?」

「なっ!?」


「どうにかこの場を切り抜けられればそれでいい。とにかく今は己の身の安全を確保できればいいんだ。こいつへの対処は後からどうとでもなる。……そういう浅はかで薄汚い考えが透けてんだよ。お前みたいなクズの頭の中なんてお見通しさ」

「ち、違う! 信じてくれ! 助けっ、助けてくれぇぇぇ!」

「イヤだね」


 僕は剣を両手で握って大きく振りかぶった。恐れをなしたのか、ゴーマンが立ち上がって大声で喚きながら僕に背を向けて駆けていく。僕はその背中に追いすがると、手首を素早く動かした。


 装備や服が細切れになる。ゴーマンは生まれたばかりの姿になった。


「ひっ、ひぃぃぃ!!!」


 さらに、僕に回り込まれた彼は地面に力なく尻をついた。股間から生温かい液体を垂れ流す。見ているこっちがかわいそうになるほど情けない姿だ。


 しかし、手ごころを加えてやるつもりはない。とくに、お前みたいにランクが高いくせに品性が下劣なヤツは念入りに指導してやらなきゃな。


「安心しろ。殺しはしない。ただ、これからお前らには冒険者として平穏無事に活動していく上で大切なことを知ってもらわないとな。僕が真心を込めて、その体にたっぷりと叩き込んでやるよ」


 僕は、これからの楽しい時間に思いをはせてニヤリとする。


「う、うわぁぁぁイヤだぁぁぁ!!!」


 そんな僕を見たゴーマンが絶叫する。


「そうかそうか、そんなに嬉しいか。なら、僕も張り切っちゃうぞ。ふふふっ」


 僕は剣を引っ込めると、左拳を右手で覆ってボキボキと指を鳴らしながら、ゆっくりとそいつへ近づいていった。







 それから僕は小一時間かけて、三人をみっちりと指導してやった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る