第19話 冒険者が絡んできた (前編)


 リトリオンを出発してから二日後。僕たちは【辺獄迷宮】へと到着した。


「着いたぞ、リリム」


 隣で寝ているリリムに声をかけながら揺すってやる。


「う、う~ん……」


 ふむ、起きないな。うめき声を上げたが、目は固く閉じられたままだ。まあ、リリムには馬車での移動が相当にこたえたみたいだからな。ムリに起こすのはこくか。


 ふぅ、しょうがない。木陰で休ませておくことにしよう。


 僕は荷物を背負うと、リリムをお姫様だっこして馬車を降りた。そして、そばに立っている木の根元に布を敷き、その上に横たえてやった。


「これでよし、っと。……う~ん、なんだろうなぁ。この、面倒なのにほっとけない感じは?」


 馬車に揺られながらずっと考えていたが、この感覚の正体は未だに判然としない。


「おい、そこのお前」

「ん?」


 そんなことを思いながらリリムを眺めていたら、横合いから声をかけられた。そちらに首を巡らす。すると、三人の男が僕たちの方へ歩いてくるのが見えた。六つの目から向けられる視線がジロジロと値踏みするように僕の全身へとからみついてくる。


「見ない顔だな。冒険者か?」


 そのうちの一人が問いかけてきた。


「ああ、そうだが」

「なら、冒険者証を見せてみろよ」

「なぜだ?」

「いいから見せろって!」


 なんだこいつら、ヤブから棒に。ダンジョンに入るために誰かに冒険者証を提示しなければならないなんて決まりはないはずだが? それに、ムダに高圧的な態度も気に入らない。


 しかし、冒険者証の提示をこばんでこいつらと揉めるのも面倒だ。それに、冒険者証を見せるだけだ。どうってことない。


「ほら」


 僕は背負っているバッグの側面についているポケットから冒険者証を抜き出し、顔の前にかかげた。


「おいおい、こいつFランクだぜ」

「来る場所を間違えてるな」

「あのなぁ坊や。ここはSランクのダンジョンなんだぞ? お前みたいなカスが入っていいところじゃあねぇんだよ。ここは俺らみてぇな高ランク冒険者の神聖な鍛練場なんだ。坊やはとっととお家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな」


 三人はニタニタという形容が具現化したような表情を浮かべている。僕を完全に見下しているな。とてつもなく不愉快だ。


 別に、FランクだからといってSランクダンジョンに入ってはいけないなんて規則はない。だって、ランクが見合っていないダンジョンに入ってはいけないなんて規則があったら低ランク冒険者には死活問題だぞ。


 荷物持ちしかできないようなヤツはどうするんだよ。荷物持ちを雇うような冒険者は当然、高ランクだ。彼らが赴くのも当然、高ランクダンジョンだろうが。


 それに戦う力がない代わりに気配を消すことができるスキルを所持している人なんかは、うまく魔物をかわしながら高ランクダンジョンに眠る宝を発掘して生計を立ててるんだぞ。


 そういう人たちのことを考えて、ギルドもそんな規則を設けてはいないんだ。ただ、命を落としたとしても自己責任だと口頭で注意しているくらいだ。


 だから、当人が自分の意思で入ると決めたのなら、それを他人にとがめられる理由はないはずだ。こいつらが高ランク冒険者なら、それを知っていないはずがない。


 ということは、こいつらが僕に口出ししてきたのは単にFランクの冒険者を……この僕をバカにしたかったからだ。


 その事実に気づき、腹の底から黒い感情が湧き上がってくる。それは漆黒の怒りだ。その膨大な熱が、僕を瞬時に沸騰させた。


 いけ好かない連中だな。僕はこういう手合いが大嫌いなんだ。自分より劣っていると判断した者に対して横柄な態度を取ったり、平気でけなしたりしてくるヤツが。


 実に腹立たしい。このまま黙ってはいられない。僕はもう以前の僕じゃないんだ。バカにされてもやり返せず、涙で枕を濡らす日々とは決別したんだ。みてろよ。僕を見下した代償は高くつくからな。


 それと、ついでに一つ指導してやるとするか。こいつらはどうも、致命的なことをご存知ないようだからな。


 そう、ランクの低い冒険者をバカにすることがいかに恐ろしいかってことを。


 低ランクだからといって弱いとはかぎらないし、あなどることがどれほど危ないかってことを教えてやる。


 冒険者ギルドにはその性質上、様々な事情を抱えた者たちが集まってるんだ。とくに辺境には、王都で何か問題を起こした人たちが逃げ落ちてくる。


 そういう人たちは本来の実力を隠すことが多い。彼らは下手にランクを上げて注目されるのを恐れ、わざと昇格しないようにしているんだ。


 中にはSランクになれるような人もいるかもしれない。ただし、そういう人たちをあまり刺激しない方がいい。なにをされるか分からないからな。


 ふっ、よかったな。危険な人にちょっかいを出す前に僕に指導してもらえて。もし相手が悪ければ命に関わるような重傷を負っていたかもしれない。そのおそれを未然に防いでやるんだ。


 ああ、僕はなんて優しい人間なんだろう。


 僕は指導内容を頭の中で構築しつつ、一番手前にいた男に狙いを定めた。


「僕がカスかどうか、試してみるか?」

「は? ……へぶっ!?」


 僕は男の顔面に拳を見舞ってやった。

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