第15話 特別試験の提案


 足を止め、振り返る。すると、受付嬢が一枚の羊皮紙を手元に広げていた。上部に大きく書かれている内容を読んでみる。


「特別試験受付票?」

「はい。マッド様は相当に実力が高いご様子でしたので、いかがかと思いまして」


 特別試験といえば、実績のある元王宮騎士や元傭兵のために設けられた制度だよな。魔物や希少素材などに関する知識を試される筆記試験と、ギルドマスターと模擬戦を行う実技試験の二つがあり、それらの総合点でランクが決定されるんだったか。


 本来ならば、ランクは誰でも最初はFから始まり、一定数のクエストをこなすことで一つずつ段階的に上がっていく。これは、冒険者にじっくりと知識を蓄え、経験を積んでもらうためだ。


 そのため、偶然・突発的に高ランクの魔物を倒したとしてもランクが上がることはない。


 しかし、この規則は不評だった。なにしろ、知識や経験が豊富な者にとっては低ランクのクエストなんて簡単すぎる上に実入りも少ないんだ。それで不満をつのらせ、冒険者を続けるのがイヤになってやめてしまう人が続出した。


 ただでさえ人手不足な冒険者ギルドにとって、有能な人材を失うのは本意ではなかった。それで、救済措置としてこの制度ができたというわけだ。


「僕が受けてもいいんですか?」

「もちろんです。むしろ、是非お願いします。マッド様のような偉大な冒険者を低ランクでいさせることは、ギルドにとって多大な損失ですので」


 偉大って……。ちょっと前まで荷物持ちしかしてこなかった無職の人間なんだけどなぁ。というか、試験を受けるメリットってあるか? 


 まず、高ランクになれば受けられるクエストの幅が広がるな。金をたくさん稼げるようになる。


 それと、貴族や王族から直々に指名されて護衛を任されたりするようになるのか。それがきっかけで要人たちとの人脈ができて、うまくすれば貴族になれる道も開けるかもな。


 あとは、社会的信用度が高くなるから、土地や家を買うときなんかに金貸しから金を借りやすくなったりする。……こんなところか?


 だとすると、僕の当面の目標は勇者パーティへの復讐だから、別に試験を受ける必要性は感じられないな。


 けれど、それからの生活……無事に復讐を終えた後のことを考えると、受けておくのは悪くないかもな。若いうちにたくさん金を稼いでおいて、老後は人のいない静かな場所へ一軒家を立ててひっそりと余生を過ごすってのはいいな。


「あの、もう少しだけ考える時間をもらってもいいですか?」

「ええ、大丈夫ですとも。ぜひ、前向きにご検討ください」


 受付嬢は受付用紙をキレイに折りたたんで僕の左手に渡すと、空いている右手を包み込むように握ってきた。


「色よいお返事が聞けることを楽しみにしております」


 そう言って意味ありげにウインクしてきた。背筋がゾクッとする。なんなんだろうな、この感覚は? ……分からない。分からない、が、とりあえず好ましいものじゃなさそうだ。この人には必要以上に関わらないようにしよう。うん、そうしよう。




◆ ◇ ◆




 さてと、無事(?)に冒険者証を手に入れられた。次はリリムと一緒に【辺獄迷宮】へ行けばいいんだな。あいつの目的は恐らく金を稼ぐことだろうから、サクッと宝部屋への隠し通路でも見つけてもらえばそれで終わりだろう。


 僕の役目はさしずめ、リリムをそこまで安全に案内する用心棒だな。あそこに生息する魔物は凶悪なヤツばかりだろうけれど、今の僕なら問題ないだろう。



ぐぅぅぅぅぅぅ



 おっと、腹の虫が鳴ってしまった。ちょっと早いが昼食にしようか。


 なにがいいかな? 辺境だと食べ物はどれも割高だからなぁ。……って、値段を気にすることはないか。なんせ、今の僕は大金を所持しているんだから!


 ふっ、なにも怖いものはない。肉だろうが魚だろうがフルーツだろうがどんとこい! この腹に全て押し込んでやるぞ!


 僕は勢い込んで、目についた露店や食事処へ片っ端から突撃していった。


「―――ぷはぁ、食べた食べた。三日分くらい食べたかもしれないな」


 ポッコリと膨らんだ腹をさすりながら通りを歩く。もうムリ。もう入らない。しばらくは食べ物を見たくもないな。……まあ、どうせ夜になればまた食べたくなるんだろうけれど。ははっ。


 ただ……なんだろう? この、どうにも一味足りていないような感じは? いや、決してマズくはなかったんだ。というより、それらはどれも僕が今まで食べてきた物の中では美味い部類だっただろう。しかし……


「リリムの作った料理の方が美味かったな」


 なぜかそこで、屈託くったくなく笑う彼女の顔が頭に浮かんできた。

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