第12話 あなたは何者ですか!?


 リトリオンのいかめしい壁が見えてきたところでリリムが立ち止まる。


「兄貴、オイラこれから準備があるんで、ここで失礼させてもらうっすね!」

「おう、そうか」


 それから二言三言、言葉をかわしてから、明日の朝にギルドの前で待ち合わせる約束をしてリリムを見送る。


 その後はクエスト達成の報告をしに冒険者ギルドへ行った。僕はカウンターの上にゴブリン数十匹分の討伐証明部位とゴブリンシャーマンの杖を提出する。すると、普段はかたくなに笑みを顔に貼りつけている受付嬢がめずらしく驚きの表情を見せた。


 状況を理解したのだろう。すぐさま立ち上がって僕に深々と頭を下げてきた。ひたすら謝罪の言葉を浴びせかけられる。


 ものすごい誠意を見せてくるので、逆にこっちが申しわけなくなってしまった。文句を言ってやろうという気は完全に失せた。




◆ ◇ ◆




「それにしてもマッド様、あなたは何者ですか!?」

「何者、と問われましても……」


 謝罪が一段落して落ち着きを取り戻した受付嬢がカウンターから身を乗り出してくる。息がかかりそうなほどの距離まで顔を近づけられて困惑した。


「これほどの数のゴブリンの群れを一人で討伐できるなど考えられませんよ!」


 リリムがいたから二人だが……。ああ、そうか。リリムとはすぐに別れるつもりだったから、パーティ申請してなかったな。だから僕一人でやったことになってるのか。まあ実際、一人でみんなやったから間違ってはいないな。けれど、そんなに驚くことか?


 ゴブリンは夜行性だから、日の出ているうちに寝込みを襲ってしまえば誰でも簡単に討伐できるんじゃないのか? 


 倒すのに手間取ってゴブリンたちが目を覚ましてしまったら話は変わってくるだろうが、その前に素早く片付ければいいだけだよな? 無職の人間ならいざ知らず、他の職業ジョブを備えた者にとっては難しいことではないんじゃないのか?


「しかも、冒険者キラーと呼ばれ恐れられているゴブリンシャーマンまで! 並みの実力ではありません! さぞや名のある御方なのでは!?」


「いや、そんな大した者じゃないですよ」


 彼女が僕を見つめるその瞳にものすごい熱を感じるのだが? まるで猛獣が獲物を狙っているときのような、真剣というか必死というか、そんな目だ。なんだろう? 悪寒がする。


「え、えっと……それはそうと、クエストは達成したわけですから冒険者証をいただけないでしょうか?」


 とても居心地が悪かったので、早くこの場から逃れるために話を強引にそらす。


「はっ! これは申し訳ありませんでした! すぐに御用意いたします! 少々お待ちくださいませ!」


 ふぅ、うまくいった。なんか知らないが、どうも背筋がゾワゾワしたな。さっさとここを離れた方が良さそうだ。この人には、これ以上は関わっちゃいけない気がする。


 彼女の胸につけられたネームプレートには【カーミラ】という文字が彫られている。よし、これで顔と名前を覚えたぞ。冒険者証を受け取ったら、もう二度と彼女には近づかないようにしよう。


 しかし、どれくらいかかるかな? 冒険者証の新規作製に報酬の計算とかがあるから……だいたい三十分ってところか? その間、なにをして時間を潰そうかな。


「あ、あの~、すいません」

「ん?」


 僕が思案していると、ふいに声をかけられた。横へ顔を向けてみる。すると、そこにはリリムの姿があった。着替えてきたらしく、生地のしっかりした服を身につけていた。小柄な彼女が着るにしてはサイズが大きく、ブカブカなのが気になる。しかし、都市ではそういう着こなしが流行っているのかもしれない。僕は服装について詳しくないので追及を控えることにした。


「どうしたリリム? 準備があるって言ってたのに」

「え、え~っと、……ちょっと話したいことがあって……なはは」


 苦笑しながら左手の人差し指で頬をかく。そこで僕は、リリムの左手の薬指に指輪がないことに気がついた。


 変だな。あれは大切な母親の形見だろ? 家に置いておくと盗まれないかどうか不安だからって、ずっと身に着けてるはずじゃなかったか? ってことは……また落としたのか? 無くしたことにまだ気づいてないのかこいつ? ったく、しょうがないヤツだな。


「リリム、お前なにか無くしてないか?」

「え?」

「左手を見てみろよ」

「?」


 僕に指摘されて確認するが、リリムはキョトンとして首をかしげている。……妙だな。


 ゴブリンの巣で紛失したときはあれほど取り乱して探し回っていたのに、反応があまりにも違いすぎる。そういえば、態度や口調にも違和感がある。これじゃまるで別人……。


 そこまで思考して、僕の心臓がドクンと跳ねた。やがて、急激に心が冷えていった。


「……ああ、悪い。やっぱり僕の勘違いだったみたいだ。忘れてくれ。それより、ちょうどよかったよ。僕もたった今、お前と話したいことができたところだ」

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