第11話 side.ゲビン ①


「……やられました。全滅です」

「なに?」


 タカを使ってあのクソガキを監視していたカスケスが目頭を押さえる。長いこと視覚を共有していて目に負担がかかっていただろうから当然か。だが、いたわってやる余裕はねぇ。


「全滅だと? ……まさか、ヤツにやられたってのか?」

「ええ、そうです。きっと彼は、タカが群れない鳥だということを知っていたのでしょう。なかなか博識はくしきですね。少々あなどっていました」

「ちっ、こざかしい野郎だぜ!」


 俺は近くの木を思いっきり殴りつけた。固有スキルで強化された拳は、いとも容易たやすくその幹を破砕した。木がなかばから折れて倒れる。


「俺らはヤツを甘く見積もってた……つまり、たかをくくってたってことか。タカだけに」


 背後からズークゥのつぶやきが耳に届いてきた。うまいことを言ったつもりか? 不敵に笑いやがって、この野郎。


 その顔が憎たらしくて、俺は無言でズークゥの頭に拳を落としてやった。


「っつぅ~~~……おいゲビン、なにも殴ることはねぇだろうが。ちょっとこの場の雰囲気をなごませようとしただけなのによぉ。ったく、おだやかじゃねぇな。少しは冷静になれってゲビン。な?」


 ズークゥが俺の肩を揉みながら落ち着かせようとしてくる。だが、そんなことで俺の怒りは収まらねぇぜ。俺は肩に乗せられた手を乱暴に振り払った。


「これが冷静でいられるかよ、ボケがっ! あのクソガキめっ、俺をコケにしやがって! ああっ、思い出したらまたムカついてきたぜ!」


 ちくしょうっ、腹立つイラつく頭にくる。俺はまた、近くの木々を殴りつけて湧いてきた怒りを発散させる。


 さらに攻撃力が強化された俺のパンチで、周辺の樹木はあらかたなぎ倒された。


 みろよ。俺はこんなに強いじゃねぇか。そりゃあそうだろうよ。なんたって俺はバーサーカーだぞ。攻撃力が優れた職業ジョブだ。


 瞬間的に出せる力なら竜騎士にも引けを取らねぇだろうよ。理性が飛ぶっつー欠点はあるがな。


 だってのに……。


 どうしてあのクソガキに力負けしたんだ!?


 俺が胸を張って誇れる力で!


 俺が絶対的な自信を持ってる力で!


 なんで負けるんだよ!?


 ふざけんな!


 クソがっ!


 きっと、なにか秘密があるはずなんだ!


 そうでなけりゃあ俺が負けるはずねぇ!


「カスケス! あのクソガキの強さの秘密をなんとしても突き止めろ!」

「しかし、タカが使えないとなるときびしいですよ。タカ以外の鳥では、それこそタカのような捕食者に襲われてしまいますから」


「だったら鳥以外の動物を使えばいいだろうが!」

「無茶を言わないでください。あなたもご存知でしょう? 動物との視覚共有は目に大変な負荷がかかるものなのです。人間と動物とでは物の見え方が違うからです。鳥類の視界には慣れているのでまだ良いですが、その他の動物だと―――」

「うるせぇ! ツベコベ言ってんじゃねぇよ! いいからやれ! これ以上、俺を怒らせんじゃねぇ! ぶん殴るぞテメェ!?」


 俺が声を荒らげてにらみつけると、カスケスは「ふぅ」とため息をついて肩をすくめた。それから首を左右に軽く振ると、何かをあきらめたような顔をして俺の横を通り抜け、街道の方へ歩き出した。


「おい、どこに行く気だ!?」

「あなたのワガママには付き合いきれませんよ。たった一人の男を相手にムキになるなど時間の無駄です。そんなに仕返しがしたいのなら私抜きでやってください」

「お、おい!? 待てよカスケス! 戻ってこぉぉぉい!」


 俺が引き止めようと叫ぶが、カスケスの野郎は振り向きもせずに去って行きやがった。


「あ、あいつ……俺に逆らいやがって……」


 誰のおかげでAランク冒険者になれたと思ってんだ? 俺とパーティを組んでなけりゃ、ビーストテイマーのテメェなんざBランクにもなれてねぇんだぞ。動物を使役して偵察や索敵や戦闘をさせられるが、しょせん動物の力なんざ大したことねぇからな。


 パーティとしての実績があったからこそAランク冒険者になれたんだ。けっ、さんざん面倒を見てやった恩を忘れやがって、クソがっ。覚えとけよ。今度会ったらただじゃおかねぇからな。


 ……まあいい。カスケスが使えねぇなら他のヤツを使えばいいだけだ。


「おい、ズークゥ!」

「うおぅ!?」


 俺は、こっそりと忍び足で離れて行こうとしていたズークゥの襟首えりくびを捕まえた。グイッと引き寄せて顔をのぞき込む。


「カスケスの代わりに、ちょっくら探ってこいや! テメェの職業ジョブは諜報活動にはうってつけだろうが!」

「ま、まってくれよゲビン! どんな秘密があるのか知らねぇが、現状ではお前より力の強いヤツなんだぞ!? 近づくのは危険すぎるって! イヤだぜ俺は!」


「バレなきゃいいだけだろうが! 大丈夫だって! テメェのスキルを看破できるヤツなんざいやしねぇよ!」

「だ、だがよぉ」

「……それともなにか? テメェは俺よりあいつの方が怖いってのか? あぁん?」


 俺がにらみをきかせると、ズークゥは押し黙った。せわしなく視線を泳がせる。顔中から滝のような汗が噴き出してきた。


「やってくれるよなぁ?」

「うぅっ………………わ、分かったよぉ」


 けっ、最初からそう言ってりゃいいんだよ。手間かけさせやがって。


「そんじゃ、とっとと行ってこいや!」


 俺はズークゥの尻を蹴飛ばして送り出してやった。これでもうじき、あのクソガキの秘密が分かるぜ。ククッ、楽しみだ。


 まってろよ。秘密をあばいて弱体化させたあかつきには、そのムカつく顔を俺の気が晴れるまでぶん殴ってやるからな。

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