第8話 リリムの正体 (前編)


「見つけてくれてありがとうございましたっす、兄貴」


 洞窟を出てしばらくすると、落ち着きを取り戻したリリムが感謝を口にした。


「この指輪、サイズが合ってないから注意してないと落としちゃうんすよね。でも、家に置いとくと盗まれないか不安なんで、ずっと着けてるんす」


 リリムは胸の前にかかげた左手を右手で包み込むように握った。なんとも複雑な表情を浮かべている。母親の形見ってことだったし、色々と思うところがあるのだろう。


 が、僕にはどうでもいいことだ。そう、どうでもいいことなんだ。なので、さっさと話題を変えることにした。


「指輪を探しているときに、ずいぶんと汚れてしまったな。近くに川があるようだし、そこで洗っていくか? ついでに水浴びしていくのもありだな」

「おっ、いいっすね! そうしましょうっす! あ、でも……」


 僕の提案に一度は乗り気になったリリムだったが、すぐに困ったように眉毛を八の字にした。


「どうした? なにか問題でもあるのか?」

「う、ううん、なんでもないっす! さっ、早く行きましょうっす!」


 僕の問いにブンブンと首を振ると、リリムは灌木かんぼくの間をぬってどんどん先に進んで行った。


「……おい、そっちは逆方向だぞ」




◆ ◇ ◆




 川のほとりに着くと、さっそく僕は服を脱いだ。生まれたままの姿になると、透明度の高い水へ飛び込んだ。


「おおっ、冷たくて気持ちいい」


 アイン王国は一年を通して暖かい国だ。おかげで日が落ちてからでも、こうして沐浴もくよくができる。その一点においては、この国に生まれてよかったと思っている。四季があったり寒冷な土地だったりすると、わざわざ水を温めなきゃいけないから大変だものな。


 というか、深刻な水不足におちいっていて水浴びができないどころか飲み水にさえ困っている国もあるそうだ。それを考えたら、僕はまだ恵まれている方なんだろうな。


 水をすくって何度か顔を洗いながら自分の境遇を見つめ直していると、なにやら熱い視線を感じた。手を止めてそちらへ首を巡らせる。


 リリムだ。川べりの木の後ろからちょこんと顔を出してこちらをうかがっている。あ、ひっこんだ。


 で、また少しずつ顔を出して……きたと思ったらまたすぐにひっこんだ。なんでそんな不審な行動をとっているんだ?


「おいリリム。なにやってるんだよ? そんなところにいないで、お前も早く水浴びしたらどうだ? さっぱりするぞ」

「え、えーっと……そ、そうだ! オイラ、向こうで服を洗ってくるっす! 兄貴のも一緒にやるんでもらっていくっすね!」


「お、おう……すまないな」

「これぐらい当然のことっすよ!」


 木陰から出てきたリリムは、いそいそと僕の服をかかえてきびすを返した。そして、一歩進んだところで足を止めた。


「そ、そうそう! 二人分の服を洗うんで、けっこう時間がかかると思うっす! なので、兄貴はゆっくりと水浴びしていてくださいっす!」


 早口でそう言い残すと、パタパタと下流の方へ駆けていった。


「……あやしい」


 明らかに不自然だったよな。だって、服を洗うなら別にここでもいいじゃないか。どうして離れた場所まで行く必要がある? そして、その不自然さを踏まえた上での、さっきの言葉だ。


 たしかに、二人分の服を洗うとなれば時間がかかるだろう。おかしいことを言っているわけではない。だが、ゆっくり水浴びしていてくださいっていう発言には、どうしても僕をここに留めておきたいという意思があったような気がしてならない。


 まるで、僕に来られちゃ都合が悪いことでもあるかのような……勘ぐりすぎか? だが、あやしいことに変わりはないよな。


「……ダメだ。気になってしょうがない。じっとしちゃいられないぞ」


 僕は水浴びもそこそこに川から上がると、リリムがいる下流へと向かうのだった。

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