第7話 リリムの指輪


「よし、これで全部集まったな」

「そっすね!」

「あとはこれにヒモを通して一括りにすれば完成だ。そうしたら帰れるぞ」

「やったーっす! ようやくこの臭いとこから出られるっす! わぁーい!」

「……」


 リリムのヤツ、ムリして明るく振る舞っているな。どこかぎこちない笑顔や態度で分かる。こいつ、僕に誘いを断られたことを引きずってるな。


 ふむ……そんなに金が欲しいのか? さっきの誘い文句からすると、こいつはどうやらたくさん稼ぎたいみたいな感じだったが。


 しかし、だったら別に【辺獄迷宮】じゃなくてもいいよな? 金を稼ぐだけなら他にいくらでも穴場はあるんだ。わざわざ危険度の高いダンジョンへ行くこともないだろう。まあ、手に入る額は【辺獄迷宮】の方が圧倒的に多いのは確かだろうが。


 う~ん……。


 ひょっとすると、リリムのヤツは借金でも抱えてたりするのかもな。それも、一生かかっても返しきれないような莫大な負債を。そう仮定すれば、リリムが【辺獄迷宮】にこだわるのも納得だ。


 ……で?


 だから? 


 だからどうしたっていうんだ? たとえそうだったとしても、僕には関係のないことだろう。こいつとは仲間でもなんでもないんだから。


 それに僕は、人を平然とダンジョンで囮にできるような極悪人ではないが、困っている人々に無条件で手をさしのべられるような聖人でもないんだから。


 ……なのに。


 くそっ。


 どうしてこんなに心が痛むんだよ。


「あ、あれ!? あれあれ!?」


 僕が良心の呵責かしゃくに耐えられなくなっている時だった。リリムが突然、頓狂とんきょうな声を出した。それから慌てた様子でキョロキョロと辺りを見回し始めた。


「リリム、どうした?」

「ない! ないんす!」


「なにがないんだ?」

「指輪っす!」


「指輪?」

「お母さんの形見の指輪なんす!」


 リリムは四つんばいになって必死に地面を引っかき回し出した。母親の形見というからには、よほど大切な代物なのだろう。ゴミと汚物にまみれることも気にせず、もくもくと探索を続けている。


「どうしよう!? あれがないとオイラ、オイラ……」


 リリムの声に焦りと絶望が滲む。……くそっ。そんな声を聞かされて、そんな姿を見せられたら、なにもしないわけにはいかないじゃないか。


「ふぅ、僕も探すのを手伝ってやるよ」


 僕は頭をかきむしりつつ、指輪探しに加わった。




◆ ◇ ◆




 リリムが言うには宝石などの装飾がない簡素な銀のリングらしい。僕たちは手分けして慎重に指輪を探した。こと切れたゴブリンの体をひっくり返し、通ってきた道の小さなくぼみにも目を凝らした。


 そうしてしらみつぶしに探索していると、ついに入り口付近に作られた落とし穴のあたりで発見することができた。どうやら、穴を飛び越えて着地するときの衝撃で指から外れてしまったらしい。


 僕はそばにカンテラを置いて指輪を拾い、服の裾で汚れをぬぐってキレイにしてからリリムを呼んだ。


「おーい、リリム! 見つかったぞ!」

「ほんとっすか!?」


 その声を聞きつけてリリムが全力疾走してくる。よほど慌てているようで、何度も地面に足をつっかけて転びそうになっていた。


「ほら、これだろう?」


 両膝に手をついて肩で息をしているリリムに尋ねる。咳き込むほど呼吸が乱れているようで言葉が出ないのか、リリムは返事の代わりにコクリとうなずいた。苦しそうな表情が安堵に染められていく。


「まったく、大切なものなら簡単に失くすなよな」


 僕は悪態をつきつつリリムの左手を取ると、薬指にそれをハメてやった。


「っ!? あ、兄貴、な、ななな、なにを……はわ、はわわわわわわ……」

「ん?」


 呼吸が整ってきたかと思うとリリムは、今度は顔をトマトくらい真っ赤に染めて震えだした。なんなんだよ。わけがわからん。

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