第9話 リリムの正体 (後編)


 足音をたてないようにするため裸足でゆっくりと接近していく。焦ってはいけない。気づかれてはいけないんだ。慎重に、慎重に、一歩一歩、着実に進んで行く。


 やがて、バシャバシャという水音が耳に届いてきた。近いぞ。もうすぐだ。僕はさらに速度を落として土を踏みしめる。


 向こうから姿が見えないように、死角になりそうな樹木の陰に身を隠しながら音のする方へ。


 すると、ほどなくして周囲の木の枝にキレイになった僕の服が引っかけられているのを確認できた。そして、その先の川の中に自分の服を洗っているリリムの姿も発見できた。


「っ!?」


 月光に照らされたその姿を見た途端、僕は息をのんだ。


「リリム…………リリム、お前…………」


 驚愕に目が見開かれる。なぜなら、リリムの胸には特大のメロンのような膨らみがあったからだ。


 まさかと思い、さらに視線を下げる。すると、その下腹部には男になくてはならないものがついていなかった。もはや疑う余地がない。


「リリム、お前は……女の子だったのか」


 つまり、リリムは男装した女だったというわけだ。いや、別に女が男装することはおかしいことじゃない。女だとなにかと不都合なことがあるものな。


 冒険者は男の割合が多く、しかも荒くれ者ばかりだ。そんな集団の中に女がいるというのは、オオカミの群れにウサギがまぎれこんでいるようなものだろう。しかし……それはそれとして、どうやってあんな大きな胸を隠していたんだ?


 ……ああ、なるほど。たった今リリムが洗っている、その長い布で胸をしめつけていたのか。あの大きさのものを抑えつけているのだとすると、さぞかし苦しいんじゃないだろうか?



パキッ



「ふみゅっ!? な、なんすか!? イノシシっすか!? そ、それとも、誰かそこにいるんすか!?」


 し、しまった! 胸に気を取られて油断していた! 足下にある小枝を誤って踏んでしまった!


 くっ、どうする? 逃げるか? 


 ……いや、ダメだ。女の子の裸を見てしまったんだ。どんな理由があれ、男が女の沐浴をのぞいたんだぞ。これは罪だ。ここで謝らずに逃げるなんて不誠実だろう。男がすたるってもんだ。


 僕はバツの悪さを振り切ると、そばにある生乾きの服を着てリリムの眼前へと出ていった。


「あー、そのー……」


 僕がどう謝罪を切り出そうかと迷っていると、


「!? あ、あ、あに、き、ふ、ふ、ふみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 リリムが全身を真っ赤にし、胸と下腹部を両手で隠して奇声を発しながら水中へドボンと潜ってしまった。ブクブクとのぼってくる気泡が弾けると、リリムの悲鳴らしきものが聞こえてきた。




◆ ◇ ◆




「もういいか?」


 木の後ろに隠れながら何度目かの問いを投げかける。


「い、いいっすよ」


 ようやく承諾の声が返ってきた。リリムが服を着たようだ。僕はリリムの眼前へ出ていくやいなや、待っている間に考えていた謝罪の言葉を口にした。


「リリム、のぞいたりして本当に悪かった! すまない! ゆるしてくれ! この通りだ!」


 額を地面にこすりつけ、精一杯の誠意をみせる。


「そ、そんなに謝らなくてもいいっすよ兄貴。隠してたオイラも悪いっすから。それに、オイラも兄貴の裸を見ちゃってるんで、おあいこっすよ。だから、もう顔を上げてくださいっす」


 リリムは動揺しているのか声が少し震えていたが、それでも僕を気づかう優しい言葉をかけてくれた。


「リリム……ありがとう」


 彼女の寛大さに感謝しつつ頭を起こし、正面のリリムを見据える。けれど、僕は慌てて視線をそらした。目のやり場に困ったからだ。


 リリムは、その大きな胸を布で抑えつけていなかったのだ。おまけに着ている服が濡れており、その体にピタッと張りついている。


 なまめかしい曲線が月光によって浮き彫りにされ、なんとも扇情的せんじょうてきだった。髪から滴る水が頬や首を伝う様子も、どこか色っぽかった。


 やばい。すごくドキドキしてる。


 

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