第20話 冒険者ギルド (後編)


「では、Fランククエストの達成をもって登録完了となります。掲示板に貼られているものの中から適当なクエストをお選びください」


 よし、さっさと片づけて冒険者証をもらってしまおう。さてさて、どんなクエストがあるかな? なるべく近場で済ませられるのがいいな。それに、僕は強くなったんだ。できれば荷物持ち以外のクエストをしてみたい。


「えーっと……ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン……ちょっとまて。ゴブリンの討伐依頼しかないぞ」


 選ぶもなにも一択しかないじゃないか。だったら最初からそう言ってくれよ。まったく、受付嬢ってのは決まりきった型どおりの受け答えしかしないんだもんな。……まあ、荷物持ちじゃないからよしとするか。


 そう自分を納得させつつ依頼元を地図で確認し、ここからあまり離れていないところでのクエストを選んだ。貼られている羊皮紙を剥がし、受付に持って行って引き受けるむねを伝える。


「ゴブリンの討伐ですね。………はい、承認いたしました」


 依頼書に受注者の名前を書き込んだり承諾印などを押す作業を終えると、受付嬢はスッと立ち上がった。


「ロープやカンテラなど、最低限の道具は貸し出しておりますので、必要でしたら向かって左端のカウンターの者にお申しつけください」

「はい、ありがとうございます」


「では、お気をつけていってらっしゃいませ」


 


◆ ◇ ◆




 クエストに必要な品々の入ったバッグを貸し出してもらい、受付嬢に見送られながらギルドの外へ出る。するとすぐに、見覚えのある少年と目が合った。


「あっ、見つけた! 冒険者ギルドなら会えると思って、急いで戻ってきてよかったっす!」


 リリム少年だ。すっかり元気になったようで、パタパタと走ってこちらへ近寄ってくる。


「治ったようでよかったな」


「あ、あはは……。治ったというか、そもそも病気じゃなかったというか、別の病気にかかっちゃったというか……」


「?」


 リリム少年は両手の人差し指の先をツンツン突き合わせながら意味不明なことをつぶやいている。まったく要領を得ない。僕が頭上に疑問符を浮かべていると、リリム少年が「ゴホンッ」と一つ咳払いをした。


「そ、そんなことより! 兄貴あにきにお礼が言いたかったんす! 助けてくれてありがとうっす!」


 彼が深々と頭を下げる。というか、兄貴って僕のことか? そんな風に呼ばれるようなガラでもないんだけどな。……まあ、悪い気はしないからいいけど。


「兄貴がいなかったら、オイラ大損だったっす! そ、それに、教会にも運んでもらって………………と、とにかく! ありがとうございましたっす!」


「そんなに感謝されるようなことはしてないんだがな。ゲビンたちに腹が立ったかららしめてやっただけだし」


「なに言ってんすか! そのおかげでオイラは助かったんす! 理由はどうあれ、兄貴はオイラの恩人っす!」


「やめてくれよ。そんな大層なものではないだろうに」


「いいや、誰がなんと言おうと兄貴は恩人っす!」


 いったん言葉を切ると、リリム少年は表情を曇らせ、うつむいた。


「オイラ、田舎から出てきたばかりで心細くて……知り合いもいないし……その上、あんなことがあって心がくじけそうだったんす。……でも、兄貴がかばってくれて……オイラのためにゲビンに立ち向かってくれて……すごくうれしかったんす」


 そこでまた言葉を区切ると、うるんだ瞳を手でぬぐい、パッと花が咲いたように笑った。


「だからオイラ決めたんす! この恩を返すために、兄貴に一生ついていこうって!」


「一生って、大げさだな。そこまでの恩を売ってはいないだろ」


「兄貴はそう思ってなくてもオイラはそう思ってるんす!」


「しかしだなぁ」


「いいじゃないっすか! オイラ迷惑はかけないっす! それに、オイラの職業ジョブは鑑定士っすから、きっと兄貴の役に立つっす! 仲間にして損はないっすよ! ねぇ、いいでしょう!? つれてってくださいっす!」 


 リリム少年が僕の腕にしがみつきながら懇願してくる。


「う~ん……」


 まいったな。迷惑をかけるとか、役に立つかどうかは問題じゃないんだ。僕の復讐に誰かを巻き込みたくないんだよ。


 なんたって復讐の相手は、あの勇者たちだからな。ピンへ村を襲ったシーフたちとはわけが違う。


 ヤツらは全員が高い地位や権力を持っていて、さらに人類全体の敵である魔王へ果敢に挑もうっていうんだから、世間の評判も凄まじく高いんだ。


 そんなヤツらを手にかけたとなると、僕は世界中の人々を敵に回すことになってしまうだろう。つねに誰かに命を狙われるようになり、安息の日は二度と訪れないに違いない。


 もちろん、ヤツらを始末したという事実がおおやけにならないように努力はするつもりだ。あんなクズどものために僕の人生をメチャクチャにされるなんてゴメンだからな。


 しかしそれでも、絶対にバレない保証はない。だから、こんな僕につき合わせるわけにはいかない。けれど、そんなことをここで説明するわけにもいかないんだよなぁ。


 かといって、こんなに熱心に頼んでくるこの子を遠ざけられるだけの上手い理由もパッと思いつかないし。


 ふむ……だったら、ここはひとまず仲間にしておくか。そして、しばらく行動をともにしながら別れられる適当な理由を考えよう。


「……分かった。つれていこう」


「やったぁぁぁ! すっごいうれしいっす! オイラ、一生かけて恩返しするっす! あっ、そうそう、自己紹介が遅れたっす! オイラの名前はリリムっす! リリム・ギネカっす! よろしくお願いしますっす!」


「僕の名前はマッド。マッド・ナイトウォーカーだ。よろしく、リリム」




 ―――と、僕たちが互いに名乗り終えた直後のことだった。たまたま近くを通りかかった人たちの会話が耳に入ったのは。


「お前、ヴェルガー様にはもうお会いしたか?」

「いや、まだだ。今はどちらにいらっしゃるんだ?」

「北東の門の横にある宿屋だよ。会いたいなら早くした方がいいぞ」

「そうだよな。ご多忙な御方だもんな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る