第18話 鑑定士リリム (後編)


「あん? なんだテメェは?」


 屈強な男がいぶかしそうな視線を送ってくる。僕はそれを完全に無視してリリム少年を指さした。


「この子に報酬を支払ってやれ」


「は?」 


「話を聞かせてもらったが、この子は十分パーティの役に立っていたと思うぞ。だから、この子には報酬を受け取る権利がある」


 僕の言葉に、屈強な男が目を細める。


「いきなり出てきて、なにわけの分からねぇこと言ってやがんだ?」


 その低い声には苛立いらだちがにじんでいた。だが、イライラしているのはこっちも同じだ。


「……聞こえなかったのか? いいからさっさと金を出せって言ってるんだよ。まったく、見苦しいよな。いい大人が小さい子と言い争って、その挙句に手まであげて、恥ずかしくないのか?」


「なんだと!? テメェ、何様だ!? 俺を大鬼殺しオーガスレイヤーのゲビンと知ってモノを言ってんのか!? あぁん!?」


「知らないな。冒険者になってから7年も経つが、ゲビンなんて名前は耳に入ってこなかったぞ。そんなに有名なのか?」


 僕が首をかしげていると、クイクイッと服の裾が引っ張られる感覚があった。振り向くと、リリム少年が焦った表情で見上げていた。


「や、やばいっすよお兄さん! あいつを怒らせるようなことを言っちゃダメっす! オイラのことは気にしなくていいっすから、早く逃げた方がいいっす!」


「逃げる? どうして逃げる必要があるんだ?」


「だ、だって、あいつの職業ジョブは【バーサーカー】なんすよ! 怒らせたら手がつけられなく……あっ」



ブチッ



 ん? なにかが切れるような音がしたぞ?


「お、俺を知らない……だと? この俺を……大鬼殺しオーガスレイヤーの……この俺を……」


 ゲビンという男は顔を真っ赤にして、こめかみに青筋を浮かべていた。


「ゲビンがキレた!? に、逃げろ! 巻き添えをくらうぞ!」

「うわぁぁぁ!」


 仲間の二人が慌てて走り去っていく。というか、周りにいた人たちもどんどん逃げて行く。


「テ、テメェ……コロスゥゥゥアアアアアア!!!」


 すると突然、ゲビンが狂ったような叫び声を上げながら殴りかかってきた。目の焦点があっておらず、口からヨダレを垂れ流している。これは完全に正気を失っているな。


 しかし、速いな。あの熊に似た魔物やイノシシやシーフたちなんかよりぜんぜん速い。……まあ、余裕でかわせるけれど。


 僕は顔面に向かって飛んでくる拳を避けると、その腕をつかんでヤツの背中へ回し、ひねり上げた。


「ッ!? いだだだだだだ!? な、なんだ!? どうなってやがる!? なにが起きたんだ!?」


 どうやら、痛みで我を取り戻したみたいだな。


 バーサーカーの【固有スキル】は≪レイジバースト≫―――怒りの度合いに反比例して理性を失っていくが、代わりに全能力値が上昇する―――というものだ。


 この固有スキルは魔力消費ゼロで常に発動しているんだったか。まったく、迷惑な職業ジョブだ。激怒するたびに理性が飛ぶんだもんな。


 だが、正気に戻ってくれてよかった。さっきまでの状態だと会話にならなかったからな。


「おいゲビン、耳の穴かっぽじってよく聞けよ? お前に選択肢を与えてやる。この子に報酬を支払うか、支払わずに腕の骨を折られるか、どちらか好きな方を選べ」


「な、なんだとテメェ!? ふざけんな! 選択肢を与えてやるだと!? なに上からモノを言ってやがる! 俺を誰だと思っていだだだだだだ!?」


「あいにく、僕は気が立っているんだ。早く決めた方がいいぞ。じゃないと……」


 ゲビンの腕をつかむ手に力を込める。


「がぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」


「ほら、どうするんだ? さっさと金を払って楽になった方がいいんじゃないか?」


「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!! だ、誰が払うか!!!」


「強情だな。素直に金を出しておいた方が賢明だと思うが」


 僕はさらに強くゲビンの手を捻りながら続けた。


「考えてみろよ。腕を骨折したら治療のために金がかかるだろう? ムダに痛い思いをした上に余計な出費をしなくちゃいけないのと、素直に報酬を支払うのと、どっちが得だと思う? 僕は後者だと思うけれどな」


「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」


「……おい、いい加減にしろよクソ野郎。いつまで待たせるんだ。これ以上、僕をイラつかせるな。あと10秒以内に答えを出せ。さもないと……そうだな。もし、10秒を超えても返答がない場合は、腕の骨を折った上で報酬も支払わせてやるとしよう」


「テメッ、ふざっ」


「さあ、カウントダウン開始だ。10……9……8……」


「んぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ…………くっ、くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! わ、わ、分かった!!! 報酬を払う!!! 払うって!!! だから離せ!!!」


「口のき方がなってないな。離してください、お願いします……だろ?」


「うぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!! は、は、離してくださいお願いしまぁぁぁぁぁぁす!!!」


「じゃあ、ちゃんと報酬を支払うんだな?」


 僕は念を押す。


「ははははいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


 しっかりと言質げんちがとれたので、僕はようやく手を離してやった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る