第15話 漆黒の魔鎧に呼ばれて


「が…………がはっ」


 僕は連中の最後の一人にトドメを刺した。


「……ふぅ」


 すべてを終えて一息つく。


「これで、村の人々も浮かばれるだろうか?」


 彼らの魂に安らぎが訪れますように。僕は、そう願わずにはいられなかった。目をつむり、しばし彼らのために祈りをささげる。


「……さて、もう一仕事するか」


 黙祷もくとうを終えると、僕は村のはずれに穴を掘る作業を開始した。村人たちの遺体を埋葬する墓を作るためだ。


 人間の遺体を土に埋めずに放置していると、スケルトンやグールなどといった魔物になってしまうからだ。しかしそれ以前に、野ざらしにしておくのは可哀想だからな。ちゃんと墓石を建て、花を供えておこう。


 もっとも、畜生以下のシーフどもに墓なんて贅沢ぜいたくなものをくれてやるつもりはない。大きな穴を一つ掘って、その中にまとめて放り込んでおくことにした。こいつらの扱いなんて、それで十分だろう。




◆ ◇ ◆




「…………よし、こんなものだろう」


 作業が終わると、僕は気持ちを切り替えてそそくさと村を出ようとした。長居は無用だ。


 僕の目的はジュダスたちに復讐することだ。こうしている間にも、ヤツらとの距離はどんどんひらいていっている。そう思うと、いても立ってもいられない。


 本来なら、警邏けいらの兵士が来るのを待ってここで起きたことを報告するべきなのだろうが、それはヤツらに復讐した後でいくらでもできる。だから申し訳ないけれど先を急がせてもらう。


 とがめてくる良心を必死に胸の奥に押しやって、僕は村の広場を横切ろうとした。


「……?」


 ふと、足を止める。誰かが僕を呼んだような気がしたからだ。キョロキョロと辺りを見回す。


「向こうの方から、か?」

 

 声がしたと思われる場所へ歩を進める。そこには荷車があり、シーフたちの戦利品らしきものが積まれていた。パンパンに膨らんだバッグの隙間からは宝石やらアイテムやらが覗いている。あまり裕福ではないピンへ村の人々には似つかわしくないものばかりだ。


「きっと、ピンへ村へ来る以前に奪ってきたものだろう。この品物の数だけ、ここで起きたような悲劇があったのかと思うとやるせないな」


 再びシーフたちへの怒りが込み上げてくる。だが、この怒りをぶつける相手はもういない。僕は拳をギュッと握りしめ、気持ちを鎮める。


「……しかし、これらはどうしたものかな? 持ち主に返そうにもすでにこの世にいないだろうしな。そういう場合は国に寄付するべきなんだが、王都まで持って行くとなると時間がかかりすぎる。う~ん……」


 しばらく考えたが、このまま放置しておくのが無難だという結論に達した。ここへ置いていけば兵士たちが見つけてくれるだろうからな。あとの判断は彼らに任せよう。


「……ん?」


 思案しながらぼんやりと荷物を眺めていると、ひときわ異彩を放つものが目に留まった。


「なんだこの大きな鉄の箱は? 錠前がいくつもつけられていて、厳重に閉じられているな」


 この念の入れようからして、相当に貴重なものが保管されているようだ。


「しかし……なぜだろう? この鉄箱を見ていると、なんだか無性むしょうに開けたくなってくるのは?」

 

 なんなんだこの感覚は? 開けたい衝動が抑えられない。まるで本能が開けろと訴えかけてきているようだ。


 僕はたまらず、鉄箱のフタに手をかけた。力に任せて錠前ごと取っ払う。ズシンッと、けたたましい音を立ててフタが地面にめり込んだ。


「これは……」


 中を覗いてみると、そこにあったのは鎧だった。


 黒一色の全身鎧だ。磨き上げられた光沢のある表面は黒真珠を想起させるほど美しい。僕は自然と、それに手を伸ばしていた。


 指先が兜に触れ―――


「っ!? ぐっ、くぅぅぅ!」


 接触した瞬間、刺すような冷気が全身を覆ったかと思うと、体の内側を猛烈な痛みが襲った。なんだか魔剣を手に入れたときに似ている。


 しかし、今度の痛みはこらえられないほどじゃない。僕は地面にうずくまって痛みが引くのをジッと待った。


「くっ、うぅっ! …………くはぁっ、はぁっ、はぁっ」


 数分か、あるいは数秒だったかもしれない。けれど僕にとっては数時間にも感じられるほどの苦痛がようやく去ってくれた。


 ゆっくりと空気を吸ったり吐いたりして息を整える。次いで、自身の体を確認してみた。


「……別に、これといった変化は見られないな」


 でも、あの痛みと感覚からして、おそらくこれも悪魔の宿った装備なのだろう。


「どれ、試してみるか」


 僕は鎧に対して、体におさまれと念じてみた。


「おっ」


 すると、鎧は黒い粒子となって僕の胸―――鳩尾みぞおちの上に吸い込まれた。服をめくって確認してみると、そこには右手の甲にあるのと同じ紋章が浮かび上がっていた。


 やっぱり、これも魔剣と同系統のもののようだ。悪魔が宿った鎧だから、魔鎧まがいとでも呼ぶのだろう。


「ふむ……しかし、まいったな。たった今、この品々には手をつけないって決めたばかりなのに」


 でも、どうしようもなかった。自分の衝動を抑えられなかった。なんだったんだ、あの感覚は?


 ……ともあれ、僕と一体になってしまったのだからしかたがない。こうなると、切り離す方法は持ち主が死ぬ以外になかったはずだし。


 申し訳ないが、この鎧だけは頂いていくことにしよう。一つくらいならバチは当たらないだろうし。


「さてと、そう決まったわけだが……この鎧を手に入れたことで僕はどうなったんだ? ……ひょっとして、またスキルを獲得したのか!?」


 この鎧が魔剣と似たものなら、その可能性はある。そう思うと途端に胸が高鳴った。胸を満たしていた罪悪感が急激に霧散していく。僕は期待しながら目を閉じて脳裏に自分の情報を表示してみた。



※ ※ ※


マッド・ナイトウォーカー

レベル:666

職 業: 

種 族:人 間

状 態:正 常

スキル:≪万象断絶≫ ≪隠蔽≫

    ≪全能力値上昇・極大≫

    ≪吸収≫ ≪ラーニング≫

    ≪状態異常無効化≫

称 号:≪悪魔に魅入られし者≫

装 備:≪狂虐の魔剣・インサニティア≫

    ≪狂狷の魔鎧・エボロストス≫

    ≪麻の服≫ ≪革の靴≫


※ ※ ※



「おお、やっぱりスキルが増えてるな! どれどれ……」



●≪吸収≫

 適時発動型のスキル

 効果:殺した人間の全能力値の5%を自身に加算する

 効果時間:永続

 魔力消費量:50



 これはまた、すごいスキルだな! 今でも十分に強いのに、さらに強くなれるぞ! 困ったな、どんどん手加減が難しくなっていくじゃないか! ははっ!



●≪ラーニング≫

 適時発動型のスキル

 効果:その身で受けたスキルを獲得する

 効果時間:永続

 魔力消費量:50



 なんだって!? スキルを得られるっていうのか!? 肉体で受けなきゃならないっていう条件はあるけれど、それでも全然うれしいな! スキルを獲得し放題じゃないか! ああ、夢みたいだ!



●≪状態異常無効化≫

 常時発動型のスキル

 効果:毒・麻痺・石化などの異常な状態にならなくなる

 効果時間:永続

 魔力消費量:0



 ええ!? 状態異常耐性なら聞いたことがあるけれど、無効化は聞いたことがないぞ!? なんて優秀なスキルなんだ! 高い身体能力に加えて状態異常も受けつけないとなれば、もう怖いものなしじゃないか!


「……思いがけず素晴らしい装備を手に入れてしまったな。これでますます復讐を果たすために必要な力が盤石ばんじゃくになったぞ。あとはこの力を存分に披露してやるだけだ」


 僕の口端がゆっくりと吊り上がる。


「楽しみだなぁ」


 ヤツら一人一人への復讐方法をあれこれと鼻歌まじりに考えながら、僕は村を後にした。

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