第10話 イノシシ狩り


 洞窟を出ると、強い日差しが僕の目をくらませた。手でひさしを作って直射日光をさえぎる。太陽はもう少しで中天に届きそうな位置にあった。


 僕たちが洞窟に入ったのは昼すぎだったから、丸一日近くも経ったということか。いや、あるいは二日以上だな。探索や坂道の移動にどれくらい時間がかかったか分からないし、どれくらい気を失っていたかも分からないからな。



ぐぅぅぅ、ぐぎゅるるるるるる



 ……ふむ、どうりで腹が減っているわけだ。さっきから腹の虫が盛大にグゥグゥ合唱している。


「まずは腹ごしらえだな。腹の虫を黙らせないと、うるさくてかなわない。ヤツらを永遠に黙らせるのはその後だ」


 そう思い立った僕は、ひとまずここから一番近いところにある村へ向かって歩き出した。おそらくジュダスたちはそこで一旦休息をとったはずだから、その後にヤツらがどこへ向かったのか情報収集もできるし腹もふくれるし、一石二鳥だろう。


 などと考えながら歩いていたのだが、あることに思い至ってすぐに足を止めた。


「しまった。お金がないんだった」


 手元にあるのは、ズボンのポケットに入っている数枚の銅貨だけ。これじゃあ大したものは買えない。勇者パーティとの旅の道中、宿泊費や食事代は全て自腹だったもんな。普通は雇い主が払ってくれるものなのに。それでも、成功報酬が破格だったから文句は言わなかったんだ。


 しかし結局、報酬はもらえなかった。それどころか殺されそうになるし……くそっ、忌々いまいましい。だが、腹を立ててもしかたない。よけいに腹が減るだけだ。


「うぅむ、そうだな……。森でイノシシでも狩ろうか。それを村に持って行って売れば、そこそこいい金になるはずだ」


 我ながら名案だな。今の僕ならイノシシくらい簡単に捕まえられるだろうし。……まあ、自分でさばけるのが一番いいんだけれどな。でも、僕は料理が壊滅的に苦手だからなぁ。ははっ。


 遠い目をして乾いた笑みをこぼしつつ、僕は洞窟の東側に広がっている森へと分け入った。迷うといけないから、木の幹を爪でひっかいて矢印を刻みながら進んで行く。


 十数分ほど経ったころだろうか? 目の前に丸々と太った図体のデカいイノシシが現れた。僕を見るなり問答無用で突進してくる。野生の獣は魔物と同じくらい凶暴だな。しかし……遅い。あの熊の魔物よりもさらに動作が鈍い気がする。


「これは、こっちから殴りに行った方が早いな。……ふんっ!」


 僕はイノシシに歩み寄って鼻先に拳を叩きこんだ。するとイノシシは後方に大きく吹き飛び、地面に何度もバウンドした挙句、木にぶつかってようやく止まった。全身をピクピクとさせながら泡を吹いている。


「お、おいおい……軽く殴ってこれか? イノシシだって、けっして弱い獣じゃないのに……。自分の力を分かったつもりになっていたけれど、どうやらまだ認識が足りなかったようだな」


 そうつぶやきながらイノシシへ目を落としていると、ある疑問が頭に急浮上してきた。


「まてよ? イノシシを相手にしてもこの調子だと、日常生活に支障が出るんじゃないか?」


 僕は目を閉じてどのような不都合なことが起きるか想像してみた。すると間もなく、軽く触れただけで破壊される建物や吹き飛ぶ人々の光景が脳裏に映し出された。イヤな汗が背中を濡らす。


「これは今から、日常生活ではおもいっきり手加減するように強く意識しておいた方がいいな。むやみに誰かを傷つけてしまわないように注意しないと。……ふぅ、危なかったな。村に行く前にそこに気づけてよかった」


 ホッと胸を撫でおろしたところで、僕はイノシシを担ぐと森を抜けた。

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