第9話 圧倒的な差

 

 こいつめ、さっきはよくも痛めつけてくれたな。くそっ、思い出したら治ったはずの右肩がうずいてきた。それと同時に怒りがふつふつと込み上げて……ん?


 まてよ? こいつはちょうどいいんじゃないか? 今の僕の力を検証するのに打ってつけの相手なんじゃないか?


 ……そうだよな。ジュダスたちは各々おのおのが一対一でこの魔物を倒せる実力を持っているんだ。少なくとも、こいつに勝てないようならジュダスたちにだって勝てやしない。つまりこいつは、ヤツらへの今後の対応を考える上での目安になるってことだ。


「どれくらい能力値が上がっているか分からなくても、こいつと戦った手応てごたえから僕とヤツらの力量差を推測できるものな。……よし、やってみよう」


「グオオオオオッ!!!」


 などと考えていると、そいつは凄まじい雄たけびをあげて僕に向かってきた。僕はとっさに、攻撃に備えて身構える。だが―――


「なんだ? やけに遅いな」


 いつまでたっても僕との距離が縮まらない。そいつはまるで杖をついた老人みたいにゆっくりと近づいてきていた。四つん這いになって猛然と駆けてきているような動作には見えるのだが……。ふむ、なんとも奇妙な感じだ。


 ……まてよ。これと似たような感覚について冒険者の誰かが言ってたな。たしか、知覚能力を向上させるスキルを使って動体視力が上がると物体の認識力が高まって、すばやく動くものでも目視できるようになるって。


 とくに戦闘態勢に入っているときは神経が研ぎ澄まされるから、さらに物体の認識力が高まるんだとか。たしかに、こいつの動きが鈍く見えだしたのは攻撃に備えて身構えた直後だったな。


 そんなことを思案していると、魔物がようやく僕のそばまで辿り着いた。右前足を大きく振りかぶる。


「おい、なんだそれは?」


 これまた、まるで避けてくれとでも言っているようなノロノロとした攻撃に、僕は気が抜けてしまった。思わず頓狂とんきょうな声が出てしまう。でも、ハエが止まりそうなほど遅かったのだからしかたがない。


「そんなヘロヘロの攻撃なんて余裕でかわせるな」


 僕は横の通路へ飛び退いた。ヤツの爪が、さっきまで僕がいたところを通り過ぎていく。


「グガッ!?」


 そいつは驚いたような声を上げた。必死そうに周囲をキョロキョロと見回す。まさか、僕を見失ったのか? それほど僕の素早さが並外れているってことか? ……いや、そうじゃないと説明がつかない。


 しかし、まだ全力で避けたわけではないんだがな。


 う~ん、正直びっくりだ。だって、こいつはSランクの魔物だろ? Sランクダンジョンにいるんだから間違いないよな。そいつをここまで翻弄ほんろうできるなんて……。まさか、こんなに身体能力が向上しているとは思っていなかった。


「グオオオオオッ!!!」


 おっ、ようやく僕の姿を発見したみたいだな。また襲いかかってきた。激昂げきこうしているのか、眉間みけんに深いシワが刻まれている。さっきまでより少し動きが速くなったか? まあそれでも依然いぜんとして遅いのだが。


 そいつは再び僕へ肉薄にくはくすると、またりずに同じ攻撃をしかけてきた。鋭い爪が僕の左肩を目がけて放物線を描いていく。


 ふぅ、あくびが出そうなほどゆるい動きだな。回避するのは造作もないが……そうだな、今度は体の頑丈さを確かめるためにわざと攻撃を受けてみるか。


 ちょっと前にやられた右肩の痛みと凄惨せいさんな光景がチラッと頭をよぎったが、ヤツの動作を見るかぎり全く脅威きょういを感じないし、今の僕ならそれほど酷いケガはしないだろう、たぶん。……まあ、仮に大ケガをしたとしても世界樹のもとへいけば回復できるから問題ないな。


 そう結論すると僕は全身にグッと力を入れ、衝撃に備えた。そしてついに、爪が僕の左肩に届いた。攻撃が当たると、魔物はニヤリと憎たらしく口角をつり上げた。


 ―――が、その目はすぐにカッと見開かれた。みるみる顔色が青ざめていく。


「ふむ、なんというか……拍子抜けだな。幼い子どもに優しくでられたくらいの感触しかない。肉を裂き、骨を砕くほどの威力があったお前の攻撃も、今の僕にとってはこんなものか」


「グ……ガッ……」


「さてと、肉体の頑丈さも分かったし、あとは……そうだな。腕力と剣の切れ味を確かめて終わりにするか」


「グッ、グガゥッ!?」


 僕が剣を出現させて胸の前で構えると、魔物は体の向きを反転させて一目散に駆け出した。その様子から察するに、どうやら僕に恐怖したようだ。


「おい、逃げるなよ。つれないヤツだな。最後まで付きあえって」


 僕は余裕で追いつくと、そいつの首に剣を振り下ろした。



ズバッ!


 

 漆黒の刃はなんの抵抗もなく魔物の首へと吸い込まれていき、やがて頭と胴を泣き別れさせた。そいつは頭がなくなってもしばらく四肢を動かしていたが、まもなく横倒しになった。切断面からドクドクと血を噴き出させ、体をビクビクと痙攣けいれんさせている。


「ふんっ、あっけなかったな。まるで手応えがなかった」


 僕の胴回りくらいの太さのある首だったのだが、パンを千切るよりも簡単に斬れたな。僕の腕力も相当なものらしい。それに、魔剣もなかなか切れ味が良さそうだ。しかも、骨を断ったのに刃こぼれ一つしていない。


 いいぞ。これなら問題なく復讐を果たせそうだ。ジュダスたちはこの魔物を僕みたいに余裕で倒せているようには見えなかったもんな。きっとヤツらより僕の方が強い。それが分かれば十分だ。


「ふっ、待ってろよ勇者ども。すぐに追いついて殺してやるぞ」


 僕は、すでに力尽きて動かなくなった魔物に視線を落とす。


「だが、お前らをこいつみたいにあっさりと殺したりはしない。思いつくかぎりの痛みと苦しみを味わわせてからだ」


 そう吐き捨てて剣を収納すると、僕は体を反転させて出口を目指した。

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