第7話 悪魔に憑かれて得た力と代償


「う……う~ん……」


 重いまぶたを強引に開き、パチパチと何度かまばたきする。目の焦点が定まってくると、そこには見慣れない天井があった。上体を起こして周囲を確認する。しばらくそうしていると僕はようやく、自分がどうしてここにいるのかを思い出した。


「そうだった。剣を引き抜いた途端、激しい痛みに襲われて、それで……。一体、あの痛みは何だったんだろう? 今はもう大丈夫みたいだけれど」


 などとつぶやきながら、ふと脇の方に視線を落とす。そこには、あの漆黒の剣が横たわっていた。


 痛みが訪れた経緯を考えると、この剣が関係しているのは間違いないだろう。でも、あれほど痛かったのに体には特に変化はなさそうだ。というか、むしろ良好になったというか、なんだか体が軽くなった気がするんだよな。まるで羽でも生えたみたいだ。空も飛べるかもな。


 そんな、にもつかないことを考えつつ立ち上がる。念のため、ちゃんと体を動かしてみて不調なところがないか確認しないと。そう思い、屈伸したり腰を捻ってみたり上体を反らしてみたりした。とくに問題はなかった。しかし、その場でジャンプしてみた時に異変が起きた。




ビュンッ




「……え?」


 鋭い風切り音がしたかと思うと、僕の体は信じられないほど跳躍していた。壁の上方に設置されたランプの位置に目線が合っている。僕は呆然となった。わけが分からない。僕は軽く跳ねてみただけだよな?


 思考が硬直してしまっていたため、着地に失敗してしまった。ドシンという鈍重な音をたてて尻もちをつく。しかし、驚いたことに痛みはなかった。あれほど高いところから落下したにもかかわらず。


「僕は……僕の体は……どうなったんだ!?」


 自分の身に起こったことに驚愕し目を白黒させていると、そばに横たわっている剣が再び視界に入った。するとふいに、【魔剣】という言葉が頭をよぎった。




 魔剣―――悪魔が宿った剣をそう呼ぶ。それは持ち主に絶大な力を与えてくれると言われている。




 これがそうなのか? うわさには聞いていたけれど、まさか本当に存在していたとは……。しかし、そうでなければこの跳躍力も、高いところから落ちても痛みを感じないほどの頑丈さも説明がつかない。無職の人間の能力をここまで向上させるものなんて他に思いつかないものな。


「ふむ、どうやら魔剣と見て間違いはなさそうだ。……ふっ。まさか神様だけでなく、悪魔まで僕に力を貸してくれるなんてな」


 こいつは思いがけない贈り物だ。これなら勇者のような優秀な職業ジョブを備えた人間とだって渡り合えるかもしれないぞ。


「ジュダスたちへの復讐を叶えるのに役に立ちそうだ。けれど……」


 しばし逡巡しゅんじゅんする。もう一つ、大事なことを思い出したからだ。悪魔に関わった人間は多くの災いに巻き込まれ、例外なく非業の死を遂げるという話を。


 利が大きければ、その分だけ害も大きいのではないかと容易に推測できる。なら、その話の信憑性は高いかもしれない。とすれば、そんな危ない力に頼るより、もっとじっくり考えて安全な手段をとった方がいい。こんな物騒な剣は捨ててしまうのが一番だ。


 ……と、いつもの僕ならそう考えていたはずだった。


「ふんっ、関係ないな。その災いとやらも含めて、みんなじ伏せてやるだけだ」


 僕は、自分でも驚くほど強気な言葉を口にしていた。得た力を目の当たりにして気が大きくなっているのだろうか? ………………いや、そんなことはどうでもいいか。


「さてと、そうと決まれば、さっさと地上へ戻ってヤツらを追いかけないとな」


 僕はそうつぶやくと、魔剣を手にしてその空間を去った。

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