第5話 世界樹


バッシャァァァァァァン!!!




 なかば永遠に滑り続けるのではないかと思い始めた頃だった。僕は頭から大量の水へと勢いよく突っ込んだ。


 なんだここ!? 地底湖!? このダンジョンにこんなところがあるなんて聞いてないぞ!?


 と、深く考えているヒマもなく息が苦しくなったので、急いで水上を目指す。


「ぷはぁっ、はぁ! ……あ、あれ?」


 そこでふと、おかしなことに気づく。


「腕が、足が……動く? ……え!? 治ってる!?」


 思わず目を背けたくなるほどの重傷だったはずなのに、なぜか完治していた。


「もしかして……この水に回復効果があるのか?」


 あんな大ケガをたちどころに治すなんて、すさまじい効果だぞ。一般的に売られている回復薬じゃこうはいかない。まるで聖女の回復スキルだ。


 などと思案しながら、まじまじとその透き通った水を眺めていると、また疑問が湧いてきた。


「ここ、やけに明るくないか? とくに後ろの方が……って、なんだこれは!?」


 振り向くと、湖の端の方に島状に土が盛り上がっている部分があり、そこにとてつもなく大きな樹木が立っていた。見上げても天辺てっぺんが分からないほどの巨大さだ。しかもそれは、神秘的な白黄色の光を放っていた。


「光る木……ま、まさかこれって……【世界樹】なんじゃないか!?」


 世界樹―――この世界とともに誕生したとされ、神の力が宿っているとも、神そのものであるとも言われている伝説の木だ。


「……そうか、だとしたら納得がいく。僕の傷が治ったのはきっと、この水に世界樹の樹液が染み出しているからだ」


 世界樹の樹液には、あらゆるケガや病気などを治す効果があると聞いたことがある。


「ははっ、僕は運がいいな。魔物から逃げのびることができただけでなく、世界樹に助けてもらえるなんて。神様が僕のことをあわれんで救いの手を差しのべてくれたのかな?」


 おっと、いつまでもこうして神聖な水に浸かってちゃバチが当たりそうだ。僕は泳いで岸へ上がると、世界樹の根元へ歩み寄った。


「う~ん、近くで見るとさらに大きいな。幹の太さが半端じゃない。根っこでさえ、そのへんの木の幹より一回り太いくらいだし」


 って、感心してる場合じゃないな。とりあえず命は助かったけれど、今度はどうやって上へ戻るか考えないと。ここへ来たときの、あの長くて急勾配の坂を登っていくのは……ムリだな。僕の体力じゃ途中で力尽きるのは目に見えている。となると、他の出口を探すしかないか。


 僕はそう結論して辺りを探索するために行動を開始した。世界樹を中心に円を描くように歩きながら湖の中や壁を調べていく。すると、半周ほどしたところで奥の壁に洞穴があるのを発見した。


 もしかするとこの先が地上につながっているかもしれない。そう考えた僕は少しだけホッとした。しかしすぐに、ここがダンジョン内だということを思い出して気を引き締めた。


 どんな魔物が潜んでいるか分からないんだ。無職の僕には戦う力がないから、いつでも逃げられるように注意していないと。


 とりあえず、世界樹のあるこの空間まで戻ってこられれば安全だろう。ここには魔物の気配がないから、きっと世界樹には魔除けの効果があるんだと思うし。


「ふぅ……よし、行くぞ!」


 震える心と膝を黙らせるように両手で頬を叩くと、僕は洞穴の内部へと足を踏み入れた。

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