第3話 囮 (後編)


「ということでディーン、やっちゃって」

「はい。……≪アトラク≫!」


 ディーンは僕に向けて手をかざすとスキルを唱えた。すると、にわかに僕の体が不気味な深緑色に発光した。


「うん、これでこの洞窟内の魔物はみんなマッド目がけて集まってくるね。俺たちは見向きもされないから安心して先に進めるよ」

「しかし、ゆっくりはしていられませんよ。スキルの効果時間はあまり長くありませんから」

「ああ、そうだよね。急がないとね」


「ま、待って! 待ってください!」


 僕に背を向けて先へと歩き出した四人を呼び止めるため大声を上げた。全員が一斉に立ち止まり、こちらへわずらわしそうに振り返る。みんなを代表するようにジュダスが一歩こちらへ踏み出すと、いかにも面倒くさそうに頭をポリポリきながら尋ねてきた。


「なにか用かい? 俺たち急いでるんだけど?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! これは一体、なんの悪い冗談ですか!? お、囮にするだなんて、そんな……。冗談にしても酷すぎますよ! と、とにかく、早くこのスキルを解除して回復スキルを―――」

「君、バカだね」


 ジュダスが僕の言葉をさえぎる。そこからさらにあきれたような口調で続けた。


「このに及んで、まだ自分の置かれた状況が理解できないのかい? はぁ~、やれやれ。これだからバカは嫌いなんだ。俺は最初から、こういう時に囮にしてやろうと思って君を雇ったっていうのにさ」

「なっ、なんだって!?」


「そもそもさ、俺に声をかけられた時点でおかしいと思わなかったの? 君みたいな無能が、たとえ荷物持ちとはいえ栄えある勇者パーティに雇ってもらえるなんて、なにか裏があるんじゃないかって考えられなかったの?」

「……」


 たしかに、違和感はあった。どうしてわざわざ無職の僕を雇おうとしたんだろうって疑問に思った。……だけど、僕はその疑問に目をつぶって考えないようにした。


 だって、仕事を断れるような金銭的余裕なんてないんだもの。最底辺の荷物持ちの仕事でさえ、取りつけるために色んな人に頭を下げて回る日々なんだ。そんな状況で雇ってくれるって言われたら、なおさら断れるわけがないじゃないか。


「まあでも、そのお粗末な頭じゃいくら考えても無駄かもね。役立たずの無能には囮にする以外の使い道がない、っていう至極単純な結論さえ導き出せなくてもしかたないか」

「っ……うぅ……」


 悔しい。心底、悔しい。と同時に、激しく腹が立った。悪魔のように冷酷なことを平気で告げているジュダスに。そして、そんな彼をいさめようともせず、後ろで関心のなさそうな態度で傍観ぼうかんしているテレジア、ディーン、ヴェルガーに。


「けれど、君としては結果的にこれで良かったんじゃない? 普通なら無意味に閉じるはずだった君の人生の最後で、栄えある勇者パーティの役に立てたんだからさ。むしろ光栄に思ってほしいね。ふふふ……あははは!」


 不快な笑い声を残して、ジュダスたちは洞窟の先へと消えていった。僕は一度、奥歯をギュッと噛みしめてからえるように叫んだ。


「どうして……どうしてだよ!? 人を囮にしておいて、置き去りにしておいて、見殺しにしておいて……どうして笑えるんだよ、ジュダス!!!」




グォォォォォォ!!!




 すると、僕の絶叫に呼応するかのように、あちこちから魔物の咆哮ほうこうがこだましてきた。

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